ジュージュー。 なにかが焼けるいい音がする。 ふよふよと漂ってくる食欲を唆るこの香りは豚肉……だと思う。 佐藤くんが手際よく焼きそばを作る気配を感じながら、俺は布団のなくなったこたつテーブルに突っ伏していた。 おなかすいた。 のどかわいた。 こしがいたい。 おしりもいたい。 全身がだるい。 挙げ始めたらきりがない身体の不調。 なんでいつもこうなるんだろう。 「お待たせしました」 頭の上から佐藤くんの声が降ってきて、視界の端にほかほかの麺が乗ったお皿が置かれた。 背中とお腹がくっついてしまいそうなくらい食べ物を欲している身体が脳に指令を送り、口の中が唾液でいっぱいになる。 今日も、佐藤くんが作る夕飯はものすごく美味しそうだ。 「理人さん？」 「んー」 「食べないんですか？」 佐藤くんの声に、不安げな色が混じる。 きっとまた、やりすぎたかな、とか心配してるんだ。 確かに、佐藤くんはやりすぎた。 というより、いつもやりすぎだ。 おかげで身体が重くて動けない。 でもそんなことは……けっこう、どうでもいい。 「……佐藤くん」 「はい？」 「なんでそんなに検索すんの？」 「え？」 「俺と、その、普通にするんじゃ……気持ちよく、ない？」 「理人さん？」 「足りない……？」 沈黙が落ちた。 まずい。 今さらながら、とんでもないことを聞いてしまったんじゃないかという気になってくる。 自分が経験不足だという自覚はある。 俺の方が年上だけど、きっと佐藤くんの方がそういう経験は相手も回数も多いんだと思う。 だから佐藤くんが俺との夜を物足りなく感じていてもしょうがな……くはない、けど。 あー……どうしよう。 やっぱり言うんじゃなかった。 俺が本格的に後悔し始めると、 「……プ」 佐藤くんが、小さく笑った。 「まさか、足りないわけないでしょ？むしろその逆です」 「え、逆……？」 「普通にするといつも俺ばっかりすっごく気持ちいいから、理人さんにも気持ちよくなってほしくていろいろ調べちゃってるだけです」 「……」 「嫌でしたか？」 「あ、あー……嫌じゃない、けど」 「けど？」 「恥ずか、しい」 だってなんか、普通じゃないことをしたりされたりすると、おかしくなる。 絶対に言いたくないようなことを言ってしまったり、聞かれたくないような声が出たり、自分でもなにがなんだかわからなくなってくる。 それが恥ずかしいし……なんだか、怖い。 「それに佐藤くん……いつも急にスイッチ入る、から」 そりゃあ台本とか準備されて『はい、アクション！』なんて言われてもものすごく嫌だろうけど、俺には佐藤くんのスイッチの場所が謎すぎてわからないから、毎回ついていくだけで必死になってしまう。 「ごめんなさい。ブルーハワイな理人さんが可愛すぎてつい。作業着姿もたまらなくエロかったし」 「は？作業着が？エロい？」 「いつも見る度にムラっとしてます」 「そ、そういうものなのか？」 「はい」 なるほど。 今回のスイッチは作業着……って言われてもやっぱり俺にはわからな――あ。 髪の毛触られるの、気持ちいい。 「理人さんが嫌なら、もうしません」 「え」 「もちろんセックスはしたい……というか、しますけど。普通にします」 「……」 「理人さん？」 「あ、いや、その……たまになら」 「え？」 「たまになら、いい」 佐藤くんが、ふ、と笑った。 「じゃあ、普通じゃないかもしれないこと、リクエストしてもいいですか？」 「リ、リクエスト？」 「はい」 なんだろう。 ものすごく嫌な予感がする。 聞くのが怖い。 ものすごくこわ―― 「アナル洗浄させてください」 ……は？ 「え、なに？ごめん、もう一回――」 「理人さんのお尻、俺に洗わせてください」 は？ おしりを？ 洗う？ 佐藤くんが？ 俺のお尻を！？ 「ぜ、絶対やだ！」 「えー」 「えー、じゃない！」 「理人さん時々自分で準備してくれてるでしょ？それを手伝いたいなあ、って」 「う……そ、それとこれとは……」 「前戯としても楽しめる、って書いてありましたよ」 「やっぱりお前はもうネット見るな！」 「でも俺、理人さんのお尻の中綺麗にしてすっげー奥まで突っ込んでみたい」 「……」 「あ、興奮した？」 「うるさい黙れ！」 やっぱり佐藤くんのツボはぜんっぜんわからない！ 「嫌ですか？」 「いやだ！」 「絶対に？」 「絶対！」 「どうしても？」 「……」 「だめ……？」 「……う」 うん。 落ち着け。 騙されるな。 耳を垂らしてクーンクーン泣いてる大型犬に見えるのは今だけだ。 こいつは俺が了承した瞬間に鼻息マックスの肉食動物に変身するんだ。 だから頑張れ。 頷くな、俺！ 「……い」 「い？」 「一回だけ、なら……」 「やった！」 ああああああ！ 「理人さん大好き！」 「……」 「理人さん？」 「……俺も」 好きだよこのやろう！ fin