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6ー1:午後11時の決意 (2)

4月1日の夜、俺たちはいつものようにふたりでキッチンに立っていた。 食パンをスライスする俺の横で、理人さんがゆで卵の殻をものすごく丁寧に剥いている。 今夜のリクエストは〝思いっきり分厚いパンでサンドした〟たまごのサンドイッチ。 どうやら、お昼に食べたサンドイッチが物足りなかったらしい。 それならば、と立ち寄ったスーパーで食パンを一斤丸ごと手に入れ、理人さんの好きな厚さでカットすることにした。 でもまさか、3センチも欲張るとは。 2枚合わせて6センチ。 理人さんの希望以上に分厚いサンドイッチになりそうだ。 「理人さん」 「ん?」 「別れましょう」 「ん、そうだな。そうしよう」 「……」 「自分から始めておいて凹むなよ」 理人さんは呆れたように笑って、ツルツルになったゆで卵をうっとりと見つめた。 相変わらず、食材に向ける視線が無駄に色っぽい。 「エイプリルフールなんだから言っとかないとと思うでしょ」 「だから乗ってやったんだろ」 「そこは乗らないでくださいよ。やだぁ、って泣いてほしかった」 「なんだそれ?」 くつくつと笑い、理人さんが剥いたばかりのゆで卵を、グッシャァ、と握り潰した。 え、ちょっと。 確かにさっき『ゆで卵の殻を剥いて中身を潰してください』とはお願いしたけれど。 「ま、理人さん」 「ん?」 「その、やり方……」 「あ、ごめん。なんか間違えた?」 「……いえ、なんでもないです」 本人が楽しそうだから……まあ、いっか。 アーモンドアイをキラキラ輝かせながら、理人さんがこれでもかとボロボロに砕いた卵を、マヨネーズと和える。 「そういえば、新元号は令和だってな」 「響きが綺麗ですよね」 「うん」 「今年のゴールデンウィーク、本当に十連休になるんですね」 「暦の上ではな」 「あ、理人さんは仕事ですか?」 「まだ決めてないけど、たぶんどこかで二日間くらいは出勤する……というより、しておきたい。仕事溜まるし……佐藤くんは?」 「俺はコンビニの方は閑散期でシフト外れると思うんで、実家に帰省すると思います」 「あー、そうだよな」 「あと、一件ピアノのバイトも入ってて」 「なんだ、けっこう忙しいんだな」 理人さんが、少し淋しげに笑った。 もしかして、一緒に過ごしたいって思ってくれていたんだろうか。 それなら―― 「あの、理人さん」 「ん?」 「もしよかったら、一緒に帰省しませんか?」

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