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6ー2:午前11時半の現実 (1)
電車を二回乗り継ぎ、さらに一時間に一本しかないローカル線に全力で駆け込み乗車した。
そこから二両目のない電車にゆらゆらと揺られ、ようやく実家の最寄り駅にたどり着いた時にはすでに太陽が真上近くになっていた。
駅とは名ばかりの屋根の下から抜け出た俺たちを迎えてくれたのは、車の窓から顔を出した葉瑠兄だった。
「理人くんは実家東京?」
「あ、はい」
「じゃあ珍しいだろ。無人駅なんて」
「はい。一両しかない電車も初めて乗りました」
「ああ、だろうね」
うちの嫁さんも最初はそうだった、と葉瑠兄は笑う。
後部座席の理人さんは、アーモンドアイを見開いたまま視線をキョロキョロさせていた。
俺からすると山と川と田んぼしかない退屈な風景だけど、理人さんにとっては目に映るものすべてが珍しいらしい。
葉瑠兄は子供のように目を輝かせている理人さんをバックミラー越しに見やり、口の端をあげた。
「英瑠」
「ん?」
「いつまでこっちにいるんだ?」
「とりあえず二泊の予定だけど」
「そうか。仕事は?」
「俺は来週末のピアノのバイトだけ。理人さんは……」
助手席から振り返って先を促したけれど、理人さんの視線は窓に張り付いたままだ。
小さく苦笑して、俺はもう一度前を見た。
「令和になってからどこかで出勤するって」
「大変だな」
「って兄貴の方が忙しいだろ?」
「とりあえず今日明日は安泰。あとは急患次第だな」
そんなとりとめのない話をしている間に、道はどんどん細く険しくなっていく。
理人さんは俺たちの会話に気まぐれに加わりながら、相変わらず車窓を流れる景色に目を奪われていた。
「そういえば理人くん、カルボナーラが好きなんだって?」
「えっ」
「母さんが張り切ってたよ。今日の夕飯はカルボナーラね、なんて言いながら」
「え、あ……そう、ですか」
「母さんカルボナーラ作れたっけ?」
「タブレットでレシピ調べて四苦八苦してたけど、昨夜のはけっこう美味かった」
「昨夜?」
「練習台、というより実験台か。俺たちは一足先に着いてたか――」
葉瑠兄が、ふと言葉を切った。
「理人くん?」
「……はい」
「顔色悪いけど、大丈夫か?」
慌てて振り返ると、素人の俺が見てもわかるくらいに理人さんは具合が悪そうだった。
「ここらへん道がくねってるからな。酔った?」
理人さんは、フルフルと首を振った。
でも顔からは血の気が引いているし、左手は口元を抑えている。
「ちょっと休もうか」
兄貴が、車をゆっくりと左側に寄せブレーキを踏んだ。
サイドブレーキをかけ、シートベルトを外すと身体ごと後ろを振り返る。
「吐きそう?」
「いえ、大丈夫です」
全然大丈夫そうに見えないまま、理人さんが答える。
「あの……葉瑠先生」
「ん?」
「ちょっと、外の空気吸ってきていいですか」
「いいよ、もちろん」
「あ、じゃあ俺も……」
「大丈夫。すぐ戻るから待ってて」
理人さんは力なく笑い、後ろ手でゆっくりと扉を閉めた。
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