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6ー2:午前11時半の現実 (2)

「理人さん、やっぱり体調悪かったのかな……」 ピンと伸びた細い背中を見守りながら呟くと、隣で心配そうに窓の外を見ていた葉瑠兄が眉根を寄せた。 「やっぱり?」 「電車乗ってる時も顔色悪くてさ。昨夜は元気そうだったのに」 「お前そりゃ……」 「え?」 「え、って……なあ」 なぜだか少し苛立った様子で、葉瑠兄はハンドルにもたれかかった。 「お前、ちゃんとフォローしてやれよ」 「フォロー?」 「理人くん」 「えっ」 「俺にも覚えがあるけど、恋人の親に会うってのは実際かなり大変なことなんだぞ」 「……」 「ましてや、お前はその、連れてくのが彼女じゃなくて、彼氏、だろ」 「そう、だけど……」 兄貴の言いたいことはなんとなくわかる。 でも、みんなが理人さんに会いたいって言うから俺も誘ったんだし、男同士って言っても、俺の場合はたまたま好きになった人が理人さんだったっていうだけで、そんなに特殊なことにも思えない。 なにより、あの父さんや母さんや姉ちゃんたちが、理人さんに対して俺のフォローが必要になるようなことを言ったりやったりするところなんて、まったく想像できない。 葉瑠兄は、いったいなにをそんなに心配しているんだろう? くねりくねった道を走り、対向車が来たら川に落ちるしかないと思わせるくらい狭く短い橋をいくつも渡り、田んぼに挟まれた砂利道を通り抜ける。 SNSで『#ザ・日本家屋』とタグ付けされそうな民家を何軒か見送り、ふいに途切れた生け垣の間に車を滑り込ませ、葉瑠兄がふぅと息を吐いた。 「はい、到着。お疲れさま」 「え、ここ……?」 理人さんが、呆然と呟いた。 その新鮮な反応に、俺は思わず小さく噴き出す。 生い茂った植木、瓦葺きの屋根、むきだしの縁側。 周りを見れば似たような出で立ちの家屋ばかりだし、うちはその中でもかなり小さい方だ。 それでもきっと、都会育ち理人さんには別世界のように見えているに違いない。 小振りのボストンバッグをひとつずつ持ち、玄関に向かう。 その間も理人さんは、忙しなく視線を動かしていた。 「佐藤くん佐藤くん、あれって池?」 「ああ、はい。ひいじいちゃんのこだわりだったらしくて」 「こだわり?庭に池を掘るのが……?」 「プッ……みたいです。葉瑠兄、まだ鯉いる?」 「いるよ」 「理人さん、あとで餌やりましょう」 「餌?」 「鯉の餌」 「うん、やる!」 あ、かわいい。 「やるなら夜にしな。瑠未が今朝たらふく食わせたばっかだから」 「瑠未?って?」 「うちの5歳児」 「俺の姪っ子です。かわいいですよ」 「ああ、世界一かわいい」 「えっ」 「目の中に入れても全然痛くないくらい」 「葉瑠兄……」 得意げに胸を張る葉瑠兄と呆れる俺を見比べ、理人さんは綺麗に微笑んだ。

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