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6ー3:午後6時の団欒 (3)

「英瑠」 「ん?」 「理人くんっていつもどれくらい食べるの?」 「うーん、どれくらいって言われてもなあ」 「見た目すごく食が細そうだけど……」 「あ、細くはない。好きなものはどれだけでも食べるから」 「好き嫌いは?ある?」 「椎茸」 「……」 「今、かわいいって思っただろ」 「……ノーコメント。パスタは普通に一人前にしとくね」 瑠衣はそう言って、長いパスタの束を『一人前』と刻印された銀色のリングの中に入れた。 何度かそれを繰り返し、全員分のパスタの量を測る。 俺はシンクの下を覗き、この家にある鍋の中で一番大きく深いものを取り出した。 だいたい七分目まで水を注ぎ、火にかける。 底の水滴が、シューッと音を立てて蒸発した。 塩を振り入れ火加減を強火に調整し、古いけれど大きく立派な冷蔵庫を開けて中を物色する。 純和風の外観にはそぐわない、洋風のカウンターキッチン。 二年前にイノベーションされたこの場所には、かつて『台所』と呼んでいた頃の面影はほとんどない。 ほかのどんなことよりも作業効率を重視したデザインは、筆頭ユーザーの母をそれはそれは喜ばせたが、俺はなんとなく寂しくもあった。 台所にはたくさんの思い出が詰まっていた。 末っ子の俺は、兄たちに押し付けられてよく母の手伝いをさせられた。 俺だってテレビを見ていたかったのに。 俺だってゲームをしていたかったのに。 初めは末っ子だからと兄たちに勝てない自分がふがいなかったし、この世の理不尽さに腹が立つばかりだった。 それでもいつしか、台所に立つのが楽しくなった。 母から教わった料理をふるまい、みんなが笑顔になってくれるのが嬉しかった。 そして今は、理人さんが俺の料理で笑顔になってくれている。 俺は、唯一の昔の名残となってしまった冷蔵庫の重い扉を閉めた。 きっと省エネなんて誰も考えていなかった頃の年代物だから、電気代もばかにならないはずだ。 それでも、その容量が貴重だからと、母もこいつだけは捨てられずにいるようだった。 俺は、取り出したベーコンの包みを開けてまな板に乗せた。 「英瑠、小さめに切ってくれる?瑠未が食べやすいように」 「わかった」 「理人くん、カルボナーラが好きなのよね?」 「ああ。お母さんの唯一の得意料理だったって言ってた」 「……」 「母さん?」 「別のメニューの方がいいかしら……」 「なんで?」 「辛いことを思い出させたらかわいそうじゃない」 ああ。 やっぱり母さんは母さんだ。 「そんなことない。きっとすごく喜ぶよ」

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