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6ー3:午後6時の団欒 (8)
「父さん……」
思わず身構えた俺の隣で、理人さんが丁寧に会釈する。
父さんはただ眉をピクリと上げて応え、俺に歩み寄ってきた。
「鯉に餌やってたのか?」
「散歩がてらね。父さんは?」
「山行ってきた」
こんがり日に焼けた右腕が、パンパンになったビニール袋を掲げる。
中身はきっと、山菜だ。
小さい頃は、俺もよく父さんについて山に登った。
老若男女、近所のみんなが集まっての山菜採りに、筍掘り。
それが、ゴールデンウィークの恒例行事だった。
子供だった俺たちが成長し都会に出て行くようになってからは、その機会もなくなってしまったけれど。
最後に登ったのは、いつだっただろう。
「佐藤さん」
ふいに穏やかな声が混じり、父さんの視線が理人さんの姿を捉えた。
思わず、ゴクリと喉が鳴る。
降り注がれる鋭い眼差しを受け止めながら、理人さんの口から零れ出てきたのはのんびりした声だった。
「この木……南天って、赤い実のですか?」
「そうだよ。もうちょっとしたら花が咲き始めて、秋頃から実をつけ始める」
「そうなんですか」
父さんとにこやかに言葉を交わし、理人さんが長い指で細い木の幹をゆっくりと撫でる。
「この南天の木は、息子さんと同じ27歳なんですね」
「27年前はまさか、こんなにでかくなるとは思わなかったなあ」
「木がですか?」
「いや、英瑠が」
「えっ」
「生まれた時のサイズは四兄弟の中で一番小さかったんだ。予定日より三週間も早かったから、なんてせっかちなやつだ、なんて思ったもんだよ。それが今や……アレだ」
「アレ……」
ふ、と理人さんが笑った。
父さんは俺にチラリと視線を寄越してから、ビニール袋を持ち直す。
途端に、理人さんの瞳が輝いた。
「それはなんですか?」
「ああ、蕨 と薇 ……って、理人君は知らないか」
「あ、分かります!このくるくるが薇ですよね!?」
遠くの山が理人さんの声を拾い、ですよね……よね……よね……と文末がエコーする。
「うわ……ごめんなさい」
「いや、新鮮な反応で嬉しいよ。昔からこの辺りに自生しているんだ」
父さんが袋を開いて見せると、そこには蕨と薇がところせましと入り混じってぎゅうぎゅうに詰め込まれていた。
覗き込んで、理人さんが感嘆の息を吐く。
「すごい!太くて立派ですね」
「そうだろう?本当は筍もと思ったけど、それはまた明日」
「明日、筍掘りに行くんですか?」
「晴れたらな。一緒に行くか?」
「行きたいです!」
「じゃあ、朝9時に出発しよう。運動靴は持ってきてる?」
「あ……」
「いい、大丈夫だ。長靴が余ってる」
「ありがとうございます!」
「そろそろ中に入ろうか。冷えてきたし、いい匂いがする」
「はい!」
ふたりは、揃って背を向けた。
あれ?
なんか、ふつうにいい雰囲気じゃないか……?
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