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6ー3:午後6時の団欒 (9)
チーズと卵の良い香りが、食卓を包む。
カチャカチャとフォークと皿が触れ合う音が響く。
壁の古い柱時計が、六つの時を刻む。
そんな当たり前で懐かしい光景の中に、理人さんがいる。
なんだか不思議で、でも、嬉しい。
「すごく美味しいです。ありがとうございます」
「そう!よかったわ」
母さん渾身のカルボナーラに、理人さんはいつもより何倍も大きな舌鼓を打っていた。
フォークにぐるぐる巻きにしたパスタの量は控えめだけれど、それを口に運ぶスピードは速い。
瑠加がそんな理人さんを向かいからじっと見つめ、深いため息を吐いた。
「理人は料理するの?」
「え!?あーごめん、全然できない……」
「にんじんの皮剥こうとして、自分の手の皮剥いちゃうくらいだから」
「ちょ、佐藤くん!」
「はい?」
「言わないって約束しただろ!」
「そうでしたっけ?」
「そうだよ……!」
途端に、笑い声に包まれる食卓。
顔を真っ赤にしながらも、理人さんの口角は上がっている。
俺にとっては当たり前の食事風景。
うるさくて。
騒がしくて。
でも、楽しい。
理人さんは、どう感じているんだろう。
「理人君、お供えまでいただいてたのね、ありがとう。気を遣わせてごめんなさいね」
「あ、いえ……図々しかったらすみません」
「まさか、そんなことあるはずないわ」
理人さんは照れ臭そうに鼻を擦って、隣に座っていた瑠未を見下ろした。
「あ、瑠未ちゃん、ほっぺについてるよ」
「拭いて!」
「瑠未、パパが……」
「やだ!理人お兄ちゃんに拭いてもらう!」
葉瑠兄が、今にも崩れ落ちそうな『ズーン』の文字を背負って、うな垂れる。
「ごめんね、理人くん。お願いしていい?」
「はい」
未砂さんから笑顔でティッシュを受け取り、理人さんは瑠未の顎を優しくとらえた。
僅かに角度を上げ、そっと頬を撫でる。
その様子は、さながらプリンセスの涙を拭う王子様だ。
「はい、綺麗になったよ」
「理人お兄ちゃん!」
「ん?」
「瑠未、理人お兄ちゃんと一緒にお風呂入る!」
「えっ……え!?」
「瑠未!?」
理人さんと葉瑠兄の声が重なった。
「だめよ、瑠未。理人くんを困らせないの」
「でもお兄ちゃんと一緒がいいもん!」
小さなプリンセスにガシィッと腕を確保され、王子様は困ったように眉尻を下げる。
そんなふたりに粘着質な視線を送っていた葉瑠兄が、腕を伸ばして理人さんの髪をかき乱した。
「うわっ!?」
「瑠未ー理人お兄ちゃんはなーこーんなかっこいい顔してるくせになー注射が怖くて泣いちゃうんだぞー?」
「なっ、は、葉瑠先生!」
「ほんとのことだろ」
「俺は泣いてません!」
「泣いてた」
「ちょ、ちょっと目が潤んだだけです!」
「……プッ」
「佐藤くん!?」
「ええっ、マジなの、理人?マジで泣いちゃうの?その顔で!?」
「だから泣いてないって!」
「いや、あれは泣いてた。もう大号泣」
「葉瑠先生……!」
「葉瑠兄、八つ当たりは醜いよ」
「瑠衣、お前はどっちの味方だ?」
「どっちかって言うと理人くん」
ぎゃあぎゃあ。
わあわあ。
楽しいけれど、この感じはそろそろ――
「ああもう煩い!あんたたち、さっさと食べちゃいなさい!」
やっぱり、母さんの雷が落ちた。
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