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6ー4:午後8時の贈り物 (1)
さっきまで椅子を足してみんなで囲んでいた食卓に、父さんと母さん、そして理人さんと俺が、向かい合って座る。
定員オーバーしていた時はものすごく窮屈に感じた六人掛けのテーブルが、今はやけに広い。
半分閉まった扉の向こう側で、テレビの音量が下がった。
葉瑠兄と未砂さんが居間のソファにゆったりと腰掛けている。
耳をすますと、微かな水音に混じり、ケラケラと三人分の楽しげな笑い声が聞こえてきた。
窓から垣間見える空が、いつの間にかすっぽりと闇に包まれている。
「はい、理人君」
「あっ、ありがとうございます」
白い両手が、茶色の液体が揺れるグラスを丁寧に受け取った。
「英瑠は?」
「あ、俺もお茶……」
「なんだ、飲まないのか?」
揶揄うような声音に、頭の中が沸騰する。
小さな皺に囲まれた目が、遠くを見るように細くなった。
悔しい。
なにもかも見透かされている。
そんな気がする。
「佐藤くん、いいよ。飲んで」
気遣うように隣から囁かれ、でも俺は首を振った。
まさかこんな状況で酒なんて身体に入れられるわけがない。
なんの〝話〟をするつもりなのかは知らないけれど、
――ちゃんとフォローしてやれよ。
理人さんは、俺が守る。
「乾杯」
「乾杯」
泡の浮いた黄金色のグラスと、麦茶のグラスがふたつずつ。
カチッと固い音を立ててぶつかった。
それぞれひと口目を煽り、グラスをテーブルに置く。
壊れやすいガラスの底を、花柄のテーブルクロスが受け止めた。
「理人君」
泡の髭を手の甲で拭った父さんの視線が、理人さんの輪郭をしっかりと捉える。
「楽しいかい?」
「はい」
「それはよかった」
父さんは、穏やかな笑みを浮かべた。
小さい頃は会う人会う人に母親似だと言われていたけれど、成長するにつれて父親似だと言われることも多くなった。
こうして向かい合っているとよく分かる。
俺の目は、父さんの目だ。
ほとんど直線に走る二重の線、少しだけ下がった目尻、白より黒の方が多い目玉。
きっと若い頃の父さんの写真があれば、俺だと見間違う人も多いに違いない。
「話を始める前に、ひとつだけ」
チビチビと麦茶を啜っていた理人さんが、その動きを止める。
でも父さんの視線は、すぐに横にずれた。
「英瑠」
「んっ?」
「お前はここから発言禁止な」
「は!?」
「父さんと母さんは理人君と話がしたいんだ。本当はあっちいってろって言いたいくらいだけど、絶対あっちには行かないだろ。だから同席するのはいい。ただ、割り込んだら追い出す。分かったな?」
硬い声に、背筋が強張る。
アラサーになった今も、父のこの声にはどうしても身体が反応してしまう。
くだらない悪戯を怒られたとき。
知らずに人を傷つけて叱られたとき。
どんな時も本気で俺と向き合ってくれていたこの声に、俺は逆らえない。
「……わかったよ」
しぶしぶ頷くと、父さんは満足そうに眉を上げ、細いグラスを握りしめたままの理人さんに向き直った。
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