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6ー4:午後8時の贈り物 (4)

告げる? 俺に? なにを? まさか、 別れを? 理人さんの表情は、とても穏やかだ。 口元は緩い弧を描き、アーモンドアイは少しだけ細くなって、ほっぺたがほんの僅かだけ持ち上がっている。 あの〝もういない人たちを慈しむ微笑〟だ。 いったい、今はなにを愛しんでいるんというんだ。 まさか、 俺――? 「理人君、今日は本当によく来てくれたね」 反射的に口を開きそうになった俺を遮るように、父さんの静かな声がゆっくりと言った。 「え……?」 「ああ、いや、まだ言っていなかったなあと思って。そりゃあ英瑠も勇気が要ったんだろうけど、君はもっとそうだったはずだよ」 父さんの言葉が、心の中にストンストンと入ってくる。 「今日君を失ったとしても、英瑠には私たち家族が残る。でも君は、英瑠を失ったらまたひとりになる」 俺には見えていなかった現実が、ストンストンと心に落ちてくる。 「それでも、君は私たちに会いに来てくれた。なぜだい?」 父さんの声は、優しかった。 まるで、小さな子供を頑張ったねと褒めるような、そんな響きを持っていて、俺の中に懐かしさと安堵感、それに、言いようのない嫌悪感を同時に生み出してくる。 心臓の鼓動が不自然に逸り、気分が悪くなってきた。 理人さんの横顔は変わらない。 「嬉しかったんです」 凛とした声が響いた。 「英瑠くんが俺のことを話してくれていたことも、一緒に帰省しようと言ってくれたことも、全てが驚きで、予想外でした。でも、家族との関係が壊れるかもしれないのに、俺とのことを打ち明けてくれたことが本当に嬉しかった。だから今日が最後になったとしても、これまでの思い出があれば、ひとりでも生きていけると思いました」 迷いのない声が、迷いのない言葉を生み出していく。 「息子さんが幸せであること。それが今の俺のたったひとつの願いです。俺は英瑠くんが好きです。だから一緒にいられるのならそれほど幸せなことはありません。でももし離れることになったとしても、それが息子さんにとって最善の選択なのだとしたら、俺は息子さんと過ごした時間の記憶を胸に、ひとりで生きていきます」 まさか、そんな。 ――ちょっと考えても……いいか? あれから返事がなかった二週間、ずっとそんなことを考えていたとでもいうのか。 ――おれを、ひとりにしないで……っ。 あんなにひとりを怖がっていた理人さんが、 ――ひとりで生きていきます。 俺のために。 俺の幸せのために。 そんなことを。 「でも……できることなら、もし、許されるなら、一緒に……いたいです」 理人さんの声が、掠れた。 「矛盾しているのは分かっています。英瑠くんを諦められてなくてごめんなさい……」 膝の上で握りしめられていたふたつの拳が、ぶるぶると震えている。 穏やかだった理人さんの横顔が、初めて乱れた。 上下の唇をきつく合わせ、揺れる瞳を、それでも父さんから離れないようにと全身を緊張させて堪えている。 ……ああ。 今、やっと理解した。 俺はいったい、なにを言っていたんだ。 なにを勘違いしていたんだ。 理人さんは俺が守る? 違う。 いつだって守られてるのは、俺の方だったんだ。

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