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6ー4:午後8時の贈り物 (6)

テーブルの下で震える左手にそっと手を伸ばすと、理人さんの身体が飛び上がるように跳ねた。 僅かに見開かれたアーモンドアイが、情けない俺の姿を映し出す。 眉は八の字で、瞳は不安げに揺れ、唇は窄まっている。 自信の欠片もない俺が、そこにいた。 理人さんの視線に、焦りの色が混じる。 慌てて離れていこうとした拳を、俺は離さなかった。 向かい側で、空気が漏れる音がした。 続けて、喉の奥でくつりと笑う音。 手の中にきつく閉じ込めた長い指が、わずかに動く。 「理人君」 父の右腕がゆっくりと持ち上げられ、その先にある右手がこっちに伸びてきた。 しばらく見ないうちに、また皺の数が増えた大きな手。 まるでスローモーションのようにゆっくりと、俺の視界を横切った。 やがて至近距離まで辿り着いたそれは、うな垂れていた理人さんの頭に乗せられる。 「……っ」 息をのんで痙攣した理人さんの細い髪を、大きく掻き乱した。 その動きは乱暴で、不躾で、でも優しい。 悪戯を叱られ反省する子供を慰めるように。 その昔、幼い俺にしてくれていたように。 「理人君、ふつつか者の息子だが、どうかよろしく頼むよ」 父さんの低い声は、緩やかなさざ波となって耳に届いた。 「何かあったら、いや、何もなくてもいいから、いつでも連絡しておいで。君はもう、佐藤家の一員だ。私や妻のことも、本当の両親だと思って遠慮せずに頼ってほしい」 「私のことはお母さんって呼んでね?」 「英恵(はなえ)さんって名前で呼んでもらうんじゃなかったのか?」 「だって実際に会ったらものすごくかっこいいんだもの。名前でなんて呼ばれたらドキドキしちゃうでしょう?」 「たくっ、お前はいつまで経っても――理人君?」 父さんと母さんが、同時に理人さんを覗き込み、 「えっ!」 「あらっ」 同時に、声を上げた。 ぽろぽろぽろぽろぽろぽろ。 理人さんは、泣いていた。 声をあげず、身じろぎもせず、ただ、大粒の涙をこぼし続けながら。

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