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6ー4:午後8時の贈り物 (8)

「やば、俺も涙出てきた」 ティッシュを一枚だけ抜き取り目頭に当てると、思っていたより多く溢れ出ていた雫がすうっと吸い込まれていく。 ごく薄い灰色の染みを見ていたらまた視界が滲んできて、俺は歯を食いしばった。 すでに嗚咽している人間がふたりもいるのに、ここで俺まで仲間入りしてしまったらそれこそカオスだ。 少しずつ気持ちが落ち着いてきたらしい理人さんは、不規則にしゃくりあげりながらも、隠していた顔を上げた。 長い睫毛が、今にも滴り落ちそうなくらい涙に濡れている。 軽かったはずのティッシュの束は、これでもかと塩水を吸い込み、まるで濡れそぼった和紙のようにひとつの塊になっていた。 小刻みに肩を上下させながら、理人さんがゆっくりと息を吐く。 肺からすべての空気を押し出そうとするように、長く、深い呼吸を繰り返した。 「さ、とうさ、ん」 「お父さん」 「え……」 「と、お母さん、ね?」 途切れがちな言葉に硬い声と穏やかな声で答え、ふたりは理人さんを見た。 理人さんの両目が、下からせり上がってくる涙のヴェールに覆われる。 「ありがとう、ございます……っ」 なにが、とも、なにを、とも、理人さんは言わなかった。 それに、お父さん、とも、お母さん、とも呼んでいない。 それでも父さんは理人さんの髪を優しくかき乱し、母さんはまたティッシュの箱に手を伸ばしたのだった。

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