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6ー5:午後10時の帰り道 (2)
無人駅は、今日も無人だ。
平日の朝と夕方なら、通勤や通学に利用する乗客がそこそこ行き交う。
でも史上最長のゴールデンウイーク真っ只中の今、無人駅にはその名の通り、誰もいなかった。
設置されたばかりだという改札口に切符を通し、ホームにたったひとつだけあるベンチに座った。
腰骨同士が触れ合う距離で、手を重ね、指を絡めあう。
まるでそんな俺たちを揶揄うように、どこかでカラスが鳴いた。
「家族公認の仲にになっちゃいましたね」
「うん」
理人さんの左手が、俺の右手を握り直した。
「佐藤くん、ありがとう」
空の真ん中に辿り着こうと懸命な太陽の光を浴びて、理人さんの横顔が輝く。
「いっぱい、もらった」
「ほんとですね。今日からしばらくは野菜オンリーかも」
「え?あー……うん。それもあるけど」
ちょっと困ったように、理人さんが笑う。
潤んだ視線が足元に並ぶパンパンに膨らんだ袋を捉えてから、ゆっくりと俺に巡ってきた。
「失ったと思ってたものを、たくさんもらった」
「失った?」
「家族も、兄弟も、帰る場所も……全部、佐藤くんからもらった」
「理人さん……」
「一番の贈り物は佐藤くんだけど」
絡まっていた指が躊躇いがちに解かれ、長い指が頬の輪郭をなぞる。
「愛してる」
はにかむように目を細め、理人さんが俺を見上げた。
「どれだけ言っても言い足りないくらい、大好きだよ」
静かな言葉が、しっとりと心に沁みた。
「俺も、愛してます」
爽やかな初夏の風が、俺たちの間をすり抜けていく。
その風さえも回り道を余儀なくされるほど強く、強く身体を引き寄せ合った。
触れた唇はすぐに離れていったけれど、込み上げてくる思いはおさまらない。
「……ね、理人さん」
「ん、俺も」
「でも……」
「最寄りのラブホって……」
「どこ?」
ふたり揃ってキョロキョロ辺りを見回して、途方に暮れた。
見渡す限りの田んぼと畑と山と川を前に、くすくすと笑い合う。
まさかラブホなんてそんなハイカラなものが、この界隈にあるわけがない。
片手で足りる数ほどの台しかないパチンコ店がオープンした時だって、前日の夜十一時から行列ができたくらいだ。
それにしても、理人さんの口からラブホなんて言葉が出てくるなんて!
「理人さん、もう一回……」
「ん」
唇を尖らせてキスを強請ると、すぐに噛み付かれた。
何度かくっついては離れ、離れてはくっついてを繰り返しているうちに、するりと生暖かいものが侵入してくる。
まるで熟れて汁を滴らせる果実のように柔らかい舌先を吸うと、理人さんの吐息が一気に熱を帯びた。
だめだ。
これ以上はやばい。
わかっていて、でも止めることができない。
ただでさえこっちに来てから禁欲生活が続いていて、理人さんに触れること自体が数日ぶりだ。
家まで我慢、できるだろうか。
いや、するしかないんだけれど。
「あー……だめだ」
「えっ?」
「したい……!」
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