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閑話:午前9時のニアミス (2)

ふたりが帰ってきたのは、柱時計が九つ目の鐘を打ち鳴らしている最中だった。 玄関の方がにわかに騒がしくなった気がして顔を出すと、つばの広い麦わら帽子を被った理人さんと目が合った。 首には、平仮名の『ぬ』がいっぱい書かれた手ぬぐいを巻きつけている。 ものすごく滑稽な格好なのに、そこはさすが理人さん。 似合ってる……ような気がしないでもない。 「佐藤くん!」 「おかえりなさい、理人さん」 「ただいま!」 アーモンドアイがその輪郭を一瞬で失い、まん丸になった。 「見て見て!たけのこ!」 ビニール袋を広げてみせる理人さんは、まるで子供のようだ。 かわいい。 ものすごくかわいい。 「すごいですね、太い」 「だろ?」 得意げに微笑む理人さんは、もうすっかりいつもの理人さんだ。 昨夜泣きに泣いた目の周りはまだ腫れぼったいけど、顔色も表情もハツラツとしている。 とても楽しそうだ。 麦わら帽子を脱ぐと、いつもはサラリと流れる理人さんの髪がぺったんこになっていて、思わず笑ってしまう。 理人さんのこんな姿、きっと俺のほかには誰も知らないんだろうな。 そう思うと、堪えきれずについにやにやしてしまう。 父さんは訝しげに眉を寄せて俺を見て、泥だらけの長靴を脱ぐのに悪戦苦闘している理人さんの頭を、大きな手でかき乱した。 「理人君、おいで。剥き方を教えてあげよう」 「はい!」

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