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閑話:午前9時のニアミス (3)

「えっ、皮付きのまま茹でるんですか?」 「そうだよ。まず丸ごと茹でて、アクを抜くんだ」 「アク……?」 「えぐみとでも言うのかな。理人君、真ん中縦に包丁入れて」 「あ、はい!」 「うん、それでいいよ。上手だ」 なんだろう、これ。 『父と息子のほのぼの☆はじめてクッキング!』 なんて番組でも始めるつもりだろうか。 「ぬかをひと握り入れて……」 「ひと握り……これくらいですか?」 「ああ、そうだね。あとはお湯が沸騰したら落し蓋をして、うーん、このくらいの大きさだと一時間くらい茹でればいいかな」 「落とし……豚?」 あ、理人さん今ものすごく面白い絵を思い描いていそう。 「そう。こうして、吹きこぼれないように蓋をするんだ」 「あ、そっちか……」 「ん?」 「いえ、なんでも……」 「プッ!」 まずい、睨まれた。 「ここからはしばらく時間がかかるし、先に朝ご飯にしようか。ひと仕事して腹が減っただろう?」 「はい!あ、シャツだけ替えてきてもいいですか?」 「うん、行っておいで」 父さんの『素直すぎて可愛い息子を包み込むような眼差し』に見送られながら、理人さんが軽い足取りでキッチンを出て行く。 俺は慌ててその背中を追いかけた。 「理人さん!」 「んっ?」 「なんで起こしてくれなかったんですか?」 理人さんは小動物のように目を丸めてぱちくりと瞬きした後、ゆっくりと口の端を上げた。 「気持ち良さそうに寝てたし、佐藤くんをびっくりさせたかったから」 「びっくり?」 「たけのこ。びっくりしただろ?」 は? え、なんで? なんで筍でびっくり? 俺はここで生まれ育ったから、筍掘りは毎年この時期の恒例行事だったわけで、茹で上がった筍の皮むきなんて今まで何本分やらされたかわからないし、小さい頃は剥きすぎて怒られたりしてたし……え、え? 「お父さん、と一緒に一番食べごろそうなの選んだんだよ。伸びすぎててもだめなんだって。ほかの野菜の場合は色が濃い方が美味しいものが多いけど、たけのこは皮の色が薄いのが狙い目。動物に先に持ってかれることもあるから、今日はいっぱい見つかってラッキーだったんだ。煮物とか天ぷらも美味しそうだけど、俺は焼きたけのこが食べてみたいな。あ、今日の夜ご飯は俺がお母さん、と一緒に作るから、佐藤くんは手、出すなよ?」 「……」 「佐藤くん?聞いてる?」 「はい、聞いてます。ちゃんと聞いてます、けど」 もうやめて。 鼻の奥が痛い。 俺が幼稚園のころにはもう知ってたことを得意げに披露するとか。 お父さん、お母さん、って言ったあとに照れるとか。 『ぬ』の手ぬぐいを首に巻いたままだとか。 鼻の頭にちょこっとだけ乾いた泥が乗っかってるとか。 どれをとっても、 鼻血案件じゃないか。

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