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閑話:午前11時の逢引 (6)
白く眩しい世界で、とびっきり美味しい料理を食べながら佐藤くんのピアノを聴く。
なんて贅沢な時間なんだろう。
佐藤くんが奏でる旋律は、どれも優しく繊細だ。
うっかりすると耳を澄ませることを忘れてしまいそうなくらい淡く、自然に空気に溶け込んでいく。
昔懐かしいメロディーから、今流行りのラブソングまで。
佐藤くんの指にかかれば、あっという間に、甘く、それでいてどこか清々しさを感じさせる音の重なりになって、心地よく耳を触っていった。
それはまるで、魔法のよう。
「すごいな……」
思わず零れた呟きに、瑠加ちゃんが大げさに反応した。
ちぎったパンをオリーブオイルに浸しながら、俺の視線の先を追って口の端を上げる。
「ああ、英瑠?」
「うん」
「ほんと、すごいよね。ほかの習い事は全然続かなかったのに、ピアノだけはいつも楽しそうに通っててさ。まさか音大行くまでハマるとは思わなかったけど」
「なんで本職にしないんだろう」
「上には上がいるから」
「上?」
「あたしとか理人から見たら、英瑠のピアノはプロレベルでしょ?でも、音大にはそんな人たちばっかりが集まってくるの。その中でも特別な才能があって誰よりも努力した人だけがトップクラスの音楽家になれて、さらにその中でもほんのひと握りだけなんだよ、音楽だけで生計立てていけるのって」
「そうか」
「ま、英瑠はただのピアノ馬鹿だから?どんな形でも弾いていられるだけでいいって思ってるのかもね」
ピアノ馬鹿、か。
今日の佐藤くんは、いつもの何倍もかっこいい。
穏やかな表情が、気持ちよさそうに揺れる身体が、抑えきれない気持ちを表しているようだった。
伝わってくる。
佐藤くんは、本当にピアノが好きなんだ。
好きなことを一途に続けているだけでもすごいのに、ここまで腕を磨いて、こんな風に人の心を揺るがすことができるなんて。
ほんと、
「かっこよすぎ、だろ」
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