351 / 492
7-1:午後1時のたこパ (9)
「なんだよ、マジかよ……!」
「はい、マジです」
ついニヤニヤを隠せずにいると、なぜだか深く項垂れてしまった木瀬さんが、信じられないというように頭を振った。
理人さんは、相変わらず仏頂面のままこんがりと焼きあがったたこ焼きを手早く皿に引き上げている。
串の扱いにもかなり慣れた様子で、左上からテンポよく救出されたたこ焼きが、どんどん積み上げられていった。
山盛りになったたこ焼きのてっぺんに楊枝を突き刺し、木瀬さんが静かに口を開いた。
「で、どうだったんだ?」
「どう、って?」
「佐藤くんの実家」
「あー……楽しかった」
視線の先で俺の横顔をとらえ、理人さんがはにかむ。
「お父さんと山菜採ったり、お母さんと筍焼いたり、瑠未ちゃんと遊んだり……」
「瑠未ちゃん?」
「佐藤くんの姪っ子。あ、あと、川にも入った!」
「川?」
「さすがに水はまだ冷たかったけど、底の方まで完全に透き通ってて、こーんなちっちゃい魚もはっきり見えるんだ。ゴールデンウィークの後半には、鮎のつかみ取りがあるんだって。今年は仕事があったから諦めたけど、来年は絶対参加する!」
「来年ってお前……」
「あ!」
「んっ?」
「瑠加ちゃんとブライダルフェア行った!」
「は、あ……?」
「瑠加ちゃんは佐藤くんのお姉さんな?ま、同じ年なんだけどさ。連れてってくれたレストランが佐藤くんのバイト先だったから、佐藤くんのピアノの生演奏聞きながら美味しいものいっぱい食べられて最高だった」
「佐藤くん、ピアノ弾け……」
「すごいんだよ!全部聞いたことある曲なんだけど、佐藤くんが弾くとすごく優しくて甘い感じになって、初めて聞く曲みたいになって――」
「理人」
「ん、うん?」
「佐藤くんが萌えすぎで死にかけてる」
理人さんはポカンと口を開けて俺を見つめ、それから左手で顔の半分を覆った。
長い指の隙間からはみ出しているのは、すっかり桜色に染まった肌。
「よかったな」
「……ん」
木瀬さんの大きな手が、理人さんの髪をかき乱した。
穏やかだった動きが徐々に乱暴になり、気持ちよさそうに伸びていた理人さんの眉間に浅い皺が刻まれる。
「よかったけどさ、なーんで俺に話してこなかったんだ?」
「そ、んな……言えるかよ」
「なんで」
「佐藤くんとのことでお前に頼るのはあまりにも無神経だし、佐藤くんに対してもフェアじゃないだろ。だからちゃんと自分で考えたかったんだ。それに、最初から俺の答えは決まってた。ただ、時間が必要だっただけで……んっ!?」
唇をほとんど無理やり合わせ、離れていこうとする後頭部を引き寄せる。
そのまま舌を入れようとしたら、強く振り切られた。
「こ、航生の前でなにすんだよっ」
「ごめんなさい、我慢できませんでした」
あうあう、と声にならない言葉で反論する理人さんの後ろで、木瀬さんがまたがっくりと項垂れる。
「ああもう、なんだよ……くっそ」
「渋谷さんに会いたくなりました?」
「なるかよ、あんなやつ!」
木瀬さんはまた吐き捨てるように言い、それでも口元はなだらかな弧を描いていた。
ともだちにシェアしよう!