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7-1:午後1時のたこパ (10)
「はー!もう食えねえ!」
「しばらくたこ焼き見たくないですね……」
「プハッ!それな!」
あんなにたっぷりあった生地がボウルの底にうっすらと膜を張るのみになり、総勢80個のたこ焼きが、俺たちの腹にずっしりと収まっていた。
すでに保温に切り替えられたたこ焼き器には、最後の8個が食べられるのを今か今かと健気に待っている。
相変わらず弱まる気配のない梅雨の長雨の音にも負けじと、ジュージュージュー。
でもごめん、もう食えない。
しかも君たちはたこ焼きじゃない……ただの〝焼き〟だ。
目測を大いに誤り、タコや天かすの具の方が先になくなってしまった。
つまり今たこ焼き器で温められているのは、たこ焼きになりきれなかった哀れな生地の成れの果て。
「残り俺が食べていい!?」
「どうぞどうぞ」
「まだ食うのかよ。信じらんねえ……」
「だってもったいないだろ」
理人さんの食べ物に対する情熱は、ある種の尊敬に値すると思う。
一度美味しいと感じたらだいたい一週間くらいは同じものを食べたがるし、きっと俺が作り手じゃなければ、本当に一週間それを食べ続けるんだろう。
中にタコのいないたこ焼きをはふはふ幸せそうに頬張る理人さんは、本当にかわいい。
かわいい……けれど、正直今は、たこ焼きを見るだけで……うぷ。
「ま、そんなに喜んでもらえたなら来た甲斐があったな」
「次は渋谷も連れてこいよ」
「は?なんで……」
「なんででも。分かってんだろ」
「……くっそ」
ほんとに、兄弟みたいなふたりだ。
兄役と弟役は、時々入れ替わるみたいだけれど。
「佐藤くん、携帯鳴ってんじゃねえ?」
ふいに木瀬さんが視線を上げ、キッチンカウンターの上を見やる。
つられて視線を移すと、俺のスマホが震えていた。
「葉瑠兄だ。ちょっと失礼します」
背を向けて距離を取ると、すぐに後ろが騒がしくなった。
きっとまた木瀬さんがあれやこれやと詰め寄って、理人さんがいろいろと説明しているんだろう。
理人さんが〝半泣き〟になってないといいんだけれど。
俺は心の中でこっそり苦笑しつつ、通話ボタンに触れた。
「もしもし、葉瑠兄?」
『おう、英瑠。理人くんは元気か?』
「第一声がそれ?元気だよ、モリモリと」
『そりゃよかった』
「瑠未は?」
『こっちも元気。そういや、今年の夏は「理人お兄ちゃんと一緒に花火に行く!」だそうだから、理人くんと一緒に予定空けておけよ、ちくしょうイケメンめ』
「プッ、了解。で、なんかあった?」
『ああ、実は――』
電話を終えてリビングに戻ると、ちょうど木瀬さんがトイレから戻ってくるところだった。
目的を果たしたたこ焼き器は、テーブルの上ですっかり静まり返っている。
理人さんは俺の姿を認めると、不思議そうに首をかしげた。
「葉瑠先生、なんだった?」
「アパートの更新の話でした」
「アパート?」
「うちのアパート、一年ごとに契約を更新するんですけど、ちょうど来月がその時期で」
「ふぅん?」
「連絡先が兄貴の番号のままだったんで、管理会社から葉瑠兄に連絡が行ったらしくて、手続きするようにって話でした」
「そうか」
安心したように表情を和らげ、理人さんが麦茶を飲む。
俺もそれに倣い、濃い味のソースで乾いた喉を潤した。
木瀬さんだけが、なぜだか眉を寄せて俺たちを訝しげに見てくる。
「更新すんの?」
「え?」
「アパート」
「あ、はい。しますけど……」
「なんで?」
「なんで、って……」
「ここに住めばいいじゃん」
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