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7-2:午後6時半の来訪 (3)
すっかり口を噤んでしまった理人さんを前に、木瀬さんも眉間の皺は残したまま押し黙ってしまった。
居心地の悪い沈黙が、俺たちをすっぽりと包み込む……かと思いきや、
ザアアアアアアァァァッ。
まさにバケツをひっくり返したような雨が、現状を必死に理解しようとする脳の動きを堂々と妨げてくる。
うるさい。
今、ここにいる人間は三人だ。
アパートの契約を継続せず、ここに移り住むべきだと思ってるのが木瀬さん。
これまで具体的なことは考えたことなかったけれど、すっかりその気になり始めているのが俺。
唯一難色を示しているのが、家主の理人さんで……でもいったいなぜ?
への字口を突き出して斜め下を見ている理人さんの瞳が、不安定に揺れている。
そこに見え隠れする戸惑いを、俺は見たことがあった。
理人さんが、まだ俺に触れられるのを恐れていた頃。
まさかまた、感じている顔を見られたら捨てられるとかなんとか、そんなことを考えているわけじゃ――
ザアアアアアアァァァッ。
ああ、うるさい!
だめだ。
ちゃんと考えられない。
こんなことなら、やっぱりてるてる坊主を作りまくって飾りまくっておけばよかった。
「理人さん、俺と一緒に暮らすの嫌ですか?」
「だ、だから、嫌ってわけじゃっ……」
しっかりと首は横に振りながらも、ない、と最後までは言ってくれない。
だからなんで……あ。
「もしかして、家賃ですか?」
「は……?」
「それなら俺もちゃんと払います」
理人さんの稼ぎに比べたら、俺の収入はきっと微々たるものだろう。
それでもまさか、養ってもらおうとか、そんな立場でいるわけじゃない。
「あ、いや、違う、そうじゃない。お金はいらない」
「でもローンとか……」
「だから別に、その、ローンは……ないし」
「え、ない……?」
「こいつ、現金で一括買いしてるから」
「え……えぇっ!?」
まさか、そんなことってできるのか?
いや、システム的にはもちろんできるんだろうけど。
でも、聞いたことない!
「親の遺産、使ったから……」
「そう、だったんですか。じゃあ、家賃とかの固定費はまったくなしですか?」
「あー……管理費とか修繕費の積立とか光熱費とか……そういのはある」
「じゃあ俺がそれ払います」
「いや、いらない」
「でも……」
「いらないって言ってるだろ!」
「理人さん……?」
「俺はお前をここには住まわせる気はない」
薄い唇は、真一文字に結ばれていた。
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