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7-2:午後6時半の来訪 (7)
ぐつぐつと煮立ち始めただし汁ひと口味見し、落とし蓋で表面を覆った。
いつだったか、ふらりと立ち寄った雑貨屋さんで理人さんが見つけた、シリコン製の〝落とし豚〟だ。
蓋の持ち手の部分が豚のモチーフになっているのがツボにハマったらしく、即買いしていた。
自分家用と、俺の家用に、色違いをひとつずつ。
今は、薄いピンク色の落とし豚が、煮汁の旨味を逃すまいと頑張っていた。
『今日はなに食べたいですか?』
『あいす』
『わかりました。肉じゃがですね』
『じゃあにくじやがとあいす』
休憩中に送ったLIMEには、すぐに返事があった。
仕事中なのに、珍しい。
もしかして、俺からのLIMEを待ってくれていたとか?
空腹時の肉食獣よりも単純な脳みそが、勝手にそんな自惚れを抱いてしまう。
『肉じゃがに椎茸入れてもいいですか?』
『やだ』
『小さいやつでも?』
『だめ』
周りの人の目を盗んでいるのだろうか。
ひらがなだけの幼い文面が、間髪入れずに流れてくる。
休憩室に誰もいないのをいいことに、思う存分ニヤニヤしておいた。
結局俺は椎茸も入れることにし、人参やじゃがいもと一緒に、3個入りをひと袋お買い上げした。
きっと椎茸に目のない理人さんは、どんなに細かく刻んだところでその存在を感知してブーブー文句を言うんだろう。
まあ、その仕草もかわいいからいいいや。
もちろん、アイスもちゃんと買ってきた。
少しだけ奮発して、ツーゲンダッハのバニラアイスをふたつ、カゴに入れた。
理人さんは、バニラアイスを崇拝している。
その中でも、バニラビーンズの粒が見えるバニラアイスは、もはや崇めていると言っても過言ではないくらい大好きだ。
この間、一緒に食後のアイスを楽しんでいたとき、
「これが……こんなにちっちゃい粒が俺に極上の幸せを分け与えてくれるなんて……ありがとう、黒い宝石!バニラビーンズ・フォーエバー!」
と、俺がトイレに行っている隙に、そんな仰々しい台詞で讃えていたこともある。
実はこっそり撮影した動画がスマホに残っているのは、絶対に内緒だ。
『しごとおわつたいまからいく』
ふいにスマホが振動し、明るくなった画面にひらがなの羅列が映った。
きっと、ネクタイをゆるめながら、オフィスの中を颯爽を駆け抜けているのだろう。
想像して、なんだか嬉しくなって笑えてくる。
『早いですね』
『頑張るって言っただろ』
あ、漢字になった。
エレベーターに乗ったな。
『肉じゃが作りながら首を長くして待ってますね』
『なにか買ってく?』
『緑茶、頼んでいいですか?』
『ペットボトル?でかいの?』
『はい。重いので一本でいいです』
『わかった』
本当に、なにをそんなにこだわっていたんだろう。
こういうなんでもないやりとりが、嬉しくてかわいくて、幸せでたまらないのに。
時刻は、六時半。
理人さんがここに来るのはたぶん七時くらいだから……うん、ちょうどじゃがいもに味が十分染みるころ――…
ピンポーン。
え?
随分早いな。
「早かったですね、理人さ――」
「久しぶり、英瑠くん!」
扉を開けた先にいたのは、
「えっ……百合 ちゃん!?」
俺の高校時代の彼女、笠原 百合子 だった。
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