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7-2:午後6時半の来訪 (9)
「理人さん!」
3階分の階段を一気に駆け下り、全力で走った。
懸命に脚を動かし遠ざかっていこうとする白い背中を、強く引き止める。
「なんで追いつくんだよ!」
「追いつくに決まってるでしょう」
掴まれた手首を外そうと、細長い身体があちこちに傾く。
その拍子に、スーツのジャケットが地面に落ちた。
ダークグレーの布が不自然な山を作るのを見て、理人さんがようやく抵抗を止める。
乱れたそれぞれの呼吸が、俺たちの肩を大きく揺らした。
「見たんですよね?」
なにを、と言わずとも、伝わったようだ。
理人さんはもう一度だけ俺の手を振りほどこうと足掻き、それが無理だと分かるとへの字の唇をわなわなと震わせた。
「見ちゃだめだったのかよ……!」
「そんなわけないでしょ」
ため息混じりに言うと、理人さんの顔から悔しさが消える。
その代わりに、透き通った感情がなみなみと込み上げ、今にもこぼれ落ちそうにふるふると揺れた。
「もう、理人さーん……」
「うるさい!」
自由に動く方の手で乱暴に目を擦り、理人さんは、また往生際悪く俺の拘束から抜け出そうと暴れた。
反射的に手に力が入り、細い手首をギリギリと締め上げてしまう。
通行人たちが、時折こちらを窺っているのがわかった。
ほかの時間帯より、行き交う人も車も多い時間だ。
「とりあえず、うちに入りましょう」
ジャケットを拾い上げ、方向転換する。
理人さんは、もう抗わなかった。
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