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7-2:午後6時半の来訪 (12)

もう一度だけ唇を合わせて、潤んだ瞳に促されるように隣に横になった。 軋むシングルベッドの中心で、理人さんの細い身体を腕の中に閉じ込める。 擦り寄せてくる額が、布越しなのに熱かった。 「佐藤くんのTシャツ……やっぱりでかいな」 「着心地悪いですか?」 「ううん、気持ちいい」 理人さんは、襟口を引っ張りスンと鼻を鳴らした。 まるで俺自身の香りを嗅がれているようで、ドキリとする。 「理人さん、俺と同棲すること、考えてくれてたんですね」 「ん……ちょっと、だけ」 「なんで俺に話してくれなかったんですか」 「……ひとりで生きてくって決めてたから」 「ひとり?」 「航生との関係が終わったとき、もう二度と誰かを愛することはないと思った。家族も、恋人もいなくなって……ひとりで……ひとりだけど、ちゃんと生きていかなきゃ、って、思って……」 「でも、その覚悟はもう必要ないってわかりましたよね?」 深刻そうに思いつめていた瞳が、まん丸になる。 そこに表れていたのは、心からの驚き。 なんだ。 まだ分かってなかったのか。 この人は頭がいいんだか悪いんだかよくわからない。 仕事は当たり前のように完璧にこなすのに、自分のことはからっきしだなんて。 そんなの、 かわいくてたまらない。 思わず笑みを浮かべると、理人さんのまつ毛が揺れる。 そっと髪を梳くと、僅かに汗ばんだ毛の束が手にまとわりていきた。 「理人さんはひとりになったって言いますけど、いつもたくさんの人が理人さんの周りにいたんですよ?理人さんが気づいていなかっただけで、木瀬さんも、三枝さんも、西園寺さんも……誰も、理人さんのことをひとりにするつもりなんて、最初からなかったと思うんです。それに今は、俺も、俺の家族もいます。好きの意味はそれぞれ違うのかもしれないけど、みんな理人さんが大好きなんです。だから、ひとりで生きていく覚悟なんて、もう必要ないんですよ。楽しい時は一緒に笑えばいいし、辛い時は頼っていいんです」 「佐藤くん……」 「もちろん、真っ先に甘えてきてほしいのは俺ですけどね」 まん丸だった理人さんの目が少しずつ歪み、端から大きな涙の粒がぼろりと溢れた。 予想通りの反応に、心が暖かくなる。 かわいい。 それに、嬉しい。 自分の弱い部分を、こんな風に俺にさらけ出してくれる。 その姿が、ただただ愛おしい。 抱きしめる腕に力を込めると、理人さんはますます頰を擦り寄せてきた。 「俺……怖かった」 「怖い?ってなにが?」 「その……朝、苦手だし」 「はい……?」 「まともに料理できないし、ランニングはいつも追いつけないし、ホラー映画苦手だし、セッ……セックスだって、佐藤くんがちゃんと満足してるのか、わからなくて……っ」 「ちょ、ちょっと待って、理人さん。なに言ってんの……?」 朝が苦手? 料理できない? 理人さんが? え? 今さらなに言ってんだ? そんなこと出会った時から知ってるし、ランニングは一緒に行けるだけで幸せだし、ホラー映画はクッション握りしめながら見る理人さんがかわいくてたまらないし、セックスは……セックスで満足してない……って、は? 誰が? 俺が!? 「もっ、もしかしたら俺が知らないだけで、でっかいイビキかいたりしてるかもしれないしっ……」 は? イビキって……寝てる時にかくと言われる、あの……? って、違うだろ。 だめだ、わけがわからなくなってきた。 「それに一緒に住んだら、今まで気づかなかった癖とか、嫌な性格とか、そういうのも全部知られるだろ。そしたら佐藤くんに、き、嫌われて……俺、佐藤くんに捨てられたら、今度こそ立ち直れない、って、もうひとりでなんてとっくにいられなくなってるのに、佐藤くんがいなくなったら、俺っ……だから、ものすごく怖くてっ……」 「それだけ?」 「えっ……えっ?」 「俺と同棲したくない理由は、それだけですか」 激しく痛む眉間を押さえた俺を心配そうに覗き込み、 「う、うん?それだけ、だと思う……たぶん」 理人さんは、躊躇いがちに頷いた。 シン……と沈黙が落ちる。 腕の中の身体は、燃えるように熱い。 きっと熱は下がるどころか、ぐんぐんと上がったに違いない。 今度はどんなに抵抗されようが、羽交い締めにしてでも病院に連れていってやる。 でもその前に、 言っておきたいことがある。 「……理人さん」 「佐藤、く、ん?」 「ばあああああああぁぁぁぁああ……っか!」

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