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7-3:午後8時のジュ・テーム (3)

「理人さっ……ぶは」 細い身体を包み込もうと伸ばした両手は宙を扇ぎ、視界は闇に覆われた。 外の世界との境界線になっているそれを右手で掴むと、くしゃりと音を立てて縮む。 「なんですか、これ?」 「マンションの住人登録」 「えっ」 「書けたらコンシェルジュさんに渡しといて」 改めてそのA4サイズの紙を見ると、名前や生年月日、緊急連絡先などを記入する欄がところせましと並んでいた。 一番下にはマンションの敷地内での禁止事項とか、個人情報に関する同意とか、その他もろもろの決まり文句。 つまりこれは、理人さんの正式な同居人になるための書類だ。 「理人さん」 「ん?」 「ここ、なんて書いたらいいですか?」 続柄の欄を示すと、理人さんの眉が寄った。 「普通に『友人』だろ」 「ええ~!」 「えーって、それ以外になにがあるんだよ」 「恋人」 「……は?」 「それか彼氏!」 「お前な……」 「コンシェルジュさんにはもうバレてるんだからいいじゃないですか」 「だからだよ。毎日顔合わすたびに俺たちのことバレてるって意識して恥ずかしいのに、形になんか残せるか」 「プッ、わかりました」 理人さんの赤い顔と潤んだ瞳とへの字に曲がった唇に免じて、ここは納得したふりをしておこう。 「今書いとくか?そしたら出かけるついでに田崎さんに渡せるだろ」 「はい」 リビングに戻り、ローテーブルに向かいボールペンを走らせる。 続柄の欄を『友人』の二文字で埋めると、理人さんの口元が緩んだ。 「佐藤くん、綺麗な字書くんだな」 「そうですか?理人さんの字は……」 所有者の欄に書かれた『神埼理人』の文字は、四文字とも同じ大きさで綺麗に並んでいた。 縦の線は真っ直ぐに伸び、横の線はほんの少しだけ右上がりになっていて、とてもバランスがいい。 曲線はどれも柔らかな弧を描いていて、まるで教科書に載っているお手本のように、ハネ、トメまでしっかりしている。 どの字もまさに、 「理人さんの字って感じがします」 「褒めてるのか……?」 「もちろん!」 「……ふぅん」 すべての項目を書き終えると、俺たちはそれぞれの鞄を手に取り玄関に向かった。 理人さんがスニーカーの紐を結び終えるのを待ち、廊下を並んで歩く。 エレベーターまでの道のりをちょうど半分まで来たところで、理人さんが止まった。 「あ!佐藤くん、鍵持ってる!?」 「はい、鞄のポケットに入ってます」 「よかった……。佐藤くんと一緒だと思ったら油断した……!」 理人さんは悔しそうにしていたけれど、俺はその〝油断〟が嬉しくてたまらなかった。 もっと油断してしまえばいいと思う。 だってこれからは、俺か理人さん、どちらかが鍵を持っていればいいのだ。

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