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7-3:午後8時のジュ・テーム (7)
沸騰して泡立つ湯の中に、二人分のパスタを束ねて入れた。
素早く手を離すと、一気にバラバラになった黄色い線が不規則に踊り出す。
その様子を立ち上がる蒸気越しにじっと見下ろし、もう何度目なのかわからないままほうっと息を吐いた。
脳が混乱したせいでなかなか決められなかった献立を、ええいままよとカルボナーラとサラダにしたまではよかったけれど、なかなかその勢いが動作に追いついてきてくれない。
心臓の鼓動は、まるで恋する乙女のようにドクドクと激しいまま落ち着いてくれず、そわそわする俺の心を見透かしたように、視線は勝手に時計を探してばかりいる。
――理人さん、早く帰ってこないかな♡
きっと俺のモノローグは、もうずっとこんな感じだ。
いろんな意味でたまらなくなってもう一度ため息を漏らしたとき、ふとポケットが震えた。
慌てて取り出したスマホの画面の中心で、クリームソーダのアイコンが光っている。
「ま、理人さん?」
受話器のボタンをタップし耳に当てるが、望んだ甘い響きは聞こえてこなかった。
その代わりに、遠くの方でくぐもった話し声が聞こえる。
『神埼課長!まだ決裁が……』
『悪い、一本だけ電話させて!すぐ戻る!』
しばらくして、ふと雑音が途切れた。
誰かが息を吐く気配がして、聞きなれた声が耳に流れこんでくる。
『もしもし、佐藤くん?』
「あ、はい!」
『ごめん、場所移動してた』
「まだ会社ですか?」
『あー……うん。あと一時間くらいかかるかも』
「わかりました、待ってます」
『ごめんな』
「なんで謝るんですか?」
『だって、同居して……』
「同棲です」
『同棲……して初めての平日なのに悪いなって』
「ちょっと寂しいですけど、夜は長いですから」
『……変態』
「だからそういうの興奮……」
『するな!』
「プッ、ごめんなさい」
『たくっ……その、できるだけ早く帰るから』
「はい、頑張ってください」
『ん』
「……」
『……』
「理人さん……?」
『好きだよ』
「えっ……」
『じゃ』
「あ!」
ポロロロン、と短いアルペジオを奏でながら、電話は切れた。
「……え?」
誰もいないとわかってるのに、キッチンの空気に問いかけてしまう。
だって、
なんだ、今の?
え……え!?
今のってほんとに理人さんだよな?
いや、LIMEのアイコンがクリームソーダなんて理人さんだけだし、声も理人さんだったけど!
遅くなるから電話とか……あ、これは普通か?
でも、切り際の『好きだよ』って、あれは……えっ、えぇっ!?
なんで急に?
同棲したから?
理人さんの新しい一面が垣間見えたってこと?
やっぱりそういうこと!?
う、うっわあ。
これは思ったより、
「……やばい」
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