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7-3:午後8時のジュ・テーム (13)

そして、次の月曜日。 週と一緒に、梅雨が明けた。 正午を迎える頃には太陽の日差しがギラギラと照りつけ、店に入ってくる客たちは、冷えた空気を吸い込み安堵のため息を吐いていた。 蝉の鳴き声がする。 オフィス街だから地元の賑やかさからは程遠いけれど、それでも夏の到来を告げる風物詩だ。 扉の開閉に合わせて耳を掠めるたびに、なんとなくワクワクする。 数年間暗い地面の下で暖め続けた命の炎を燃やし尽くそうと必死な蝉たち。 そんな生命の合唱をかき消すほど、昼休みの『戦場』は大騒ぎになっていた。 「ちょっと見た!?」 「見た見た!」 「神崎課長、指輪してたよね!?」 「しかも左手の薬指!」 「うっそ〜!?」 「でも結婚報告回ってないよね!?」 「てことは彼女!?」 「ずっとフリーだと思ってたのに〜!」 「ショック〜!」 「今日はもう午後休取って帰る〜!」 女子たちは、一様に黄色い悲鳴を上げて嘆き、 「課長は結婚できない男だと思ってたのに……!」 「あのイケメンが結婚『できない』わけないだろ……」 「そうだけどさ〜!」 「でも……」 「これで……」 「最大のライバルが……」 「いなくなった……!」 男子たちは、歓喜していた。 そして、 「ふうううううううぅん?」 俺の目の前には、嫌らしい笑みを浮かべた木瀬さんがひとり。 じっとりとした視線が、俺の左手の薬指を蛇のように這った。 そこに輝いているのは、身に着けるようになってまだ24時間経っていないシルバーのリング。 埋め込まれた小さな小さな水色の石は、アクアマリン。 理人さんの誕生石だ。 「なんですか」 「いや、なーんも?よかったじゃん」 「えっ……あ、ありがとうございます……?」 木瀬さんは、ただにこにこと笑った。 その表情があまりに優しいせいで、なんだか調子が狂う。 それでも、いつものゾッとするような笑みよりは、こっちの方が何百倍もいいと思った。 「指輪かあ……」 「木瀬さん?」 俺に意味深な視線を寄越してから、木瀬さんは茶色いビニール袋片手に背を向けた。 大股で歩き一気に出口までたどり着くと、見覚えのある広い背中に飛びつく。 「し・ぶ・た・に!」 「なっ……木瀬課長?」 「俺にも指輪!指輪ちょーだい!」 「は?指輪……?」 「ここにつけるや・つ」 木瀬さんの長い指が左手薬指の根元をツンツンすると、途端に渋谷さんの目から光が消えた。 「……死んでください」 「ひっでえ!」 木瀬さんを首に巻きつけたまま、渋谷さんはずんずん歩いていく。 心底鬱陶しそうに顔をしかめながらも、心なしか歩調が弾んでいる……気がしないでもない。 遠ざかっていくふたりの背中は付かず離れずの距離を保っていて、なんだか見ているこっちが恥ずかしくなってきた。 視線をずらして、向かい側の壁を見る。 時計の針は、もう12時半を回っていた。 おかしい。 理人さんが来ない。 今日は朝から、マヨネーズ付きの冷やし中華を食べるんだって楽しみにしてたのに。 お客さんの流れが途切れたのを見計らって、ポケットからスマホを取り出す。 『お昼まだですか?』 手早く送ったLIMEには思いがけずすぐに既読がつき、さらに返信まで送られてきた。 『今日は外で食べてくる』 えっ! 『月曜日なのになんで!?理人さんに会いたいです!』 涙を浮かべてうるうるしているうさぎのスタンプも、送信と同時に既読になった。 『だめ』 『動くたびに指輪が視界に入って落ち着かない』 『だから』 『行ってもきっと佐藤くんを直視できない』 『ごめん』 怒涛の勢いで届いていたLIMEは、そこでぱたりと途切れた。 「あのー、レジお願いします」 「は、はい!お待たせいたしました!」 慌ててカウンターに向き直り、レジ業務を再開する。 でも、だめだ。 にやにやが止まらない。 だってこんなの、くだらないし、嬉しいし、かわいすぎる! よし、決めた。 今夜は冷やし中華だ。 もちろん、マヨネーズはたっぷりとかけて。 きっとおかわりしてくれるだろうから、多めに作って待っていよう。 そして理人さんが家に帰ってきたら、第一声で思いっきり言ってやるんだ。 「ばあか」 ――って。 fin

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