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閑話:午後1時のフィーバー (6)
ひと安心し、ベッドの側に腰を下ろす。
佐藤くんは、あっという間にお粥を平らげてしまった。
うん。
食欲も戻ってきたし、朝に比べて顔色にもだいぶピンクが増えてきてるな。
よかった。
「おかわりは?」
「……」
「佐藤くん?」
「あ……はい、いただきます」
「どうした?大丈夫……?」
「ごめんなさい、大丈夫です。ただ、なんか懐かしくて」
「懐かしい?」
「これ、出汁がうるめ……煮干しですよね?母もいわし出汁でお粥作るんですよ。昆布とか鶏ガラとかが主流だと思うんですけど、俺いわし出汁が大好きで、熱出した時は兄貴たちそっちのけで唯一俺を優先してもらえるチャンスだったんで、頼んで作ってもらってたんです。だから、ちょっとびっくりしました」
「……」
「理人さん?」
ここで、そうなのか知らなかった、とか、偶然じゃなくて必然に違いない、とか、やっぱり俺たちの出会いは運命だな、とか、それっぽいことを言えればよかったんだけど。
「ごめん。実は聞いたんだ。お母さんに」
「えっ、母さんに……?」
「体調悪い時ってなんとなく不安になるだろ。だから、おふくろの味食べたいかなって思って」
佐藤くんが、あ、の形で口を開けたまま固まってしまった。
わかってる。
お粥の作り方ですら調べなきゃわからないし、ひとりでしっかり対応するべきところでお母さんを頼ってしまったし、やっぱり俺は――
「ああああああああもう!」
「ひゃっ!?さ、佐藤くん……?」
「熱なんて出してなかったら、今すぐ抱くのに!」
「なっ……なっ!?」
なに言ってんだよ、変態!
いつものようにそう言いかけて、でも言えなかった。
「くっそかわいいことしてくれるんだからなあ……」
佐藤くんの唇が尖っていた。
それに、ほっぺもちょっとだけ膨らんでいる。
もしかして、拗ねてるのか?
――かわいい。
そうか。
こういうのが佐藤くんが言ってた〝新しい一面〟なのか。
本当に、俺はなにを心配してたんだろう。
なにに、怯えていたんだろう。
佐藤くんの言うとおりだ。
同棲したからって、嫌われることも、嫌いになることも、あるわけがない。
だってこんな風にかわいい佐藤くんにたくさん出会える毎日なんて、
最高じゃないか。
「理人さん……?」
顔を近づけて目を閉じて、顎を上げて待ってみる。
でも、望んだ熱はなかなか近づいてこない。
「……移りますよ」
「いいから早く……ん」
閉じたまま、ふたり分の唇が触れる。
俺たちらしくないプラトニックな口づけは、あっという間に終わった。
うっすらと瞳を開けて、薄っぺらい視界の中で佐藤くんの姿を探す。
佐藤くんは、僅かに潤んだ瞳に野生的な情欲を滲ませ、俺を見下ろしていた。
ああもう。
熱なんて出してなかったら、今すぐ――
「佐藤くん」
「はい?」
「早く治せよ」
「ちょ、誰のせいだと……」
「早く治して、思いっきり俺を抱けよな」
また、佐藤くんの口が開いたまま固まってしまった。
「おかわり、持ってくる」
溢れそうになる笑みを噛み締めながら、空になったお茶碗を手に踵を返す。
「こんちくしょう……っ」
駄々っ子のような幼い悪態が背中に届き、俺は咽喉の奥で笑った。
fin
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