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閑話:午後8時の花火 (2)

スマホの画面には、『葉瑠兄』の文字と、丸く切り取られた笑顔の瑠未が揺れていた。 受話器のボタンをタップして、耳に当てる―― 「もしもし、兄貴?」 ――と、 『英瑠お兄ちゃん!』 葉瑠兄の低い声とは似ても似つかない可愛らしい声が、俺を呼んだ。 「あっ、瑠未?」 『うん!あのね、今夜お暇かしら?』 まるでどこかのお嬢様みたいな口調だ。 いったいどこで覚えてくるんだろう。 「プッ、暇だよ」 『やったあ!あのね、みんなでふ頭の花火を見に行くの!』 「ああ、確か今日……」 『うん!だからねっ、英瑠お兄ちゃんと理人お兄ちゃんも一緒に行こっ!』 「うーん、どうかな?理人お兄ちゃんは……あ」 いいこと思いついた! 「ごめん、瑠未。ちょっとだけそのまま待ってて?」 『うん、いいよ!』 スマホを握りしめ、寝室へ元来た道を戻る……と、ちょうど部屋着に着替えた理人さんが出てくるところだった。 「理人さん、電話です」 「えっ、俺に?」 「はい、葉瑠兄から」 「葉瑠先生から……?」 眉根を寄せて訝しみながら、理人さんは恐る恐るスマホを受け取った。 「……もしもし?」 『理人お兄ちゃん!』 「え、あ、瑠未ちゃん!?」 スマホを落っことしそうな勢いで、理人さんが動揺する。 俺を捉えた視線が、ありありと『どういうこと?』と問うていた。 「う、うん、俺は元気……ああ、そっか、うん、幼稚園は夏休みか。えっ、今夜?……花火大会!?」 真正面から注がれていた視線が斜め下からになり、そこに込められたメッセージがどんどん変化していく。 『どういうこと?』から『そういうことかよ!』へ。 「あ、あーいや、日曜だから俺も仕事は休みだけど、俺は……あ、あーうん、そう……そう、だね、うん。みんなで行った方が楽しいよな、うん……えっ、あ、あー……あー……え!?あー……わ、わかった……あっ、ちょっ、待っ……!」 スマホを耳元から離し、理人さんが呆然と呟く。 「切れた……」 「プッ」 「笑うな、裏切り者!」 「もう、ひどいなあ。そんなに嫌なら、行きたくないって言えばよかったでしょ」 じろり。 また理人さんに睨まれた。 その意味は、『言えるか、ばか』かな? 「はああああぁぁぁー……」 「理人さん?」 「浴衣、探すか……」 「よっしゃ!」 グッジョブ、瑠未!

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