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閑話:午後8時の花火 (3)

『ふ頭水族館前駅の5番出口を出てすぐ右のポストの前@5時』 葉瑠兄からLIMEで指示された通りの場所に立つと、行き交う人たちの流れがよく見えた。 右から流れてくるのは、水族館から帰ってくる人たちの群れ。 夏休み中の週末ということもあり、今日はいつにも増して家族連れが目につく。 自分の身体よりも大きなぬいぐるみを抱えて歩く子供たちの姿が目に入り、頰が緩んだ。 対する左側からは、花火大会に向かう人たちが、階段を上って地上に出てくる。 色とりどりの浴衣に身を包んだ女性が、次から次へと目の前を通り過ぎていく。 みんな、すごく気合が入っているようだ。 見上げると、この時間になってもまだ太陽の光は眩しく、ギラギラと輝いている。 暑い。 梅雨明けして以降、連日の猛暑が続いている。 日中に比べればだいぶ和らいではいるものの、時折吹き抜ける風は爽やかとはほど遠かった。 「ねえ、見て!あの人、ちょーかっこいい!」 「え、どれ?」 「あの、黒い浴衣の人!」 「あ、ほんとだ!」 「ひとりかな?」 「彼女と待ち合わせじゃない?」 「あ、指輪してる」 「なーんだ、結婚してるのか〜」 「いいなあ、あんなかっこいい旦那さん!」 「ねー!」 いつも思うけれど、女子の観察眼はすごいと思う。 指輪なんて気づきそうにもない距離にいたのに。 黒……に見えるけど実はダークグレーの浴衣に身を包んだ理人さんは、珍しくその左手にスマホを握り、俺の隣に立っていた。 長い指が、画面の上を気だるげに行ったりきたりしている。 自分が噂されていることに気づいていないのか、気づいていて無視しているのか、それとも、 それどころじゃないのか。 「理人さん、いい加減ここの皺、伸ばしたらどうですか」 いつになく深い溝を刻んでいる眉間を人差し指でグリグリすると、理人さんはますます口をへの字に曲げた。 浴衣と同じ色の巾着袋にスマホを放り込み、ほう、っと悩ましげな息を吐く。 「見ろ、佐藤くん。人がゴミのようじゃないか」 「なにキャラですか、それ」 「この時間でこれなら、花火が始まる頃にはもっと……」 「ぎゅうぎゅうのみっちみちでしょうね」 「だろ!?あーもう嫌だ!やっぱり俺は帰っ――」 「理人お兄ちゃん!」 踵を返しかけた理人さんの背中に、小さな影が飛びついた。

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