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閑話:午後8時の花火 (4)

「瑠未ちゃん!」 小さな重みを受け止めて、理人さんの身体が前に傾く。 でもすぐに体勢を立て直すと、ピンク色の塊をひょいっと抱き上げた。 眉間の皺はすっかり伸びてまっすぐになり、しかめっ面があっという間に満面の笑みに変わる。 その爽やかな笑顔は、人をゴミに例えて吐きそうになっていた男と同一人物だとはとても思えない。 「理人お兄ちゃん、会いたかった!」 「うん、俺も」 なんだよそれ。 さっきまで、暑いやら帰るやら暑いやらやだやら、散々涙目でゴネていたくせに。 人目もはばからずに熱い抱擁を交わすふたりは、さながら、国王の反対にあい引き裂かれていた身分違いの恋に燃える従者と姫の再会のようだ。 「瑠未、国王……じゃないや、パパは?」 「あっち!」 幼い指先を追うと、葉瑠兄が小走りでこっちに向かってきていた。 「英瑠、理人くん」 「葉瑠先生、こんばんは」 「おう、あちいな……」 ハンカチで汗をぬぐいながら、葉瑠兄が理人さんの腕の中にすっぽり収まってしまった瑠未を見て、複雑そうに顔を歪める。 「こら、瑠未。勝手に走っていっちゃだめだろ、人が多いんだから」 「だってお兄ちゃんたちが見えたんだもん」 「だからってな、はぁ……ふたりとも、付き合わせてごめんな」 「それはいいけど、未砂さんは?」 「人混みが嫌だってさ」 理人さんが、じとっとした視線で俺になにかを訴えてきた。 言いたいことはわかるけど、わからないふりをしておくことにする。 「ほら、瑠未。理人くん暑いだろ、降りなさい」 「はーい」 理人さんに手伝われ優しく地面に降り立った瑠未に、葉瑠兄がスッと右手を差し出す……けれど、 「理人お兄ちゃん!」 「ん?」 「おてて繋いであげる!理人お兄ちゃんが迷子にならないように」 瑠未の手は、あっさりと理人さんの手に絡みついてしまった。 葉瑠兄が、空っぽの手を見下ろしながら、イケメン爆発しろ、と死んだ目で呟く。 「ありがとう、瑠未ちゃん」 理人さんは、瑠未の小さな手を大切そうにそっと握り返した。 そして、まるでエスコートするようにゆっくりと歩き出す。 その後ろ姿は、やっぱり従者と姫……いや、王子様とプリンセスみたいだ。 周りには、微笑ましい親子にしか見えないんだろうけど。 「瑠未ちゃん、浴衣かわいいね」 「ママがやってくれたんだよ!」 理人さんを見上げる瑠未の目が、恋する乙女のそれに変わる。 ハート型の瞳をキラキラさせながら、くるりと回転みたり、髪を揺らしてみたり、アピール 余念がない。 5歳の女子力、恐るべし。 「すごく似合ってる、かわいいよ」 「えへへ!」 ええ〜! 「理人さん、俺の浴衣姿見てもなにも言ってくれなかったのに……!」 俺と葉瑠兄は、それぞれ色の異なる嫉妬の炎をメラメラと燃やしながら、ふたりを追いかけたのだった。

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