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閑話:午後8時の花火 (5)

「けっこういい場所取れたな」 ビニールの敷物を広げ、葉瑠兄が満足げに微笑む。 さすがに最前列はもういっぱいだったけど、それに近い空間をゲットできた。 きっと、かなり迫力ある花火が見られるだろう。 「花火始まるまで時間あるけど、どうする?」 よっこらしょ、と腰を下ろしながら、葉瑠兄が腕時計と睨めっこした。 辺りはまだ昼間のように明るいし、最初の打ち上げまではまだ二時間近くある。 周りを見ると、敷物の上に落ち着いている人はまだまばらだ。 だいぶ風も涼しくなってきたし、俺は別にここに座ってのんびりしててもいいけど……なんて考えていると―― 「パパ!」 「瑠未?」 「佐藤くん!」 「理人さん?」 「お店まわりたい!」 「お店まわりたい!」 ふたりの声が、見事に重なった。 葉瑠兄の目の前には瑠未の顔が、俺の目の前には理人さんの顔が、それぞれ至近距離まで迫っている。 合計4つの瞳は、どれも期待に満ちてキラキラ輝いていた。 「……プッ」 「佐藤くん?」 「それなら、ふたりで行ってきたらどうですか?」 「えっ」 「俺と葉瑠兄で留守番してますよ」 「で、でもっ……」 「瑠未も、理人お兄ちゃんと一緒ならいいよね?」 「うん!」 「理人くん」 「葉瑠先生……?」 「嫌じゃなければ、一緒にまわってやってくれるかな」 「えっ、でも……」 「いいよ、俺たちはビールでも飲みながら待ってるから」 「はい!」 お手本のような良い返事を披露して、理人さんがスクッと立ち上がる。 「じゃあ、行こうか」 王子様が差し出した左手を、桃色プリンセスははにかみながら取った。 「もし場所がわからなくなったらLIMEしてください」 「ん、わかった」 「瑠未は絶対理人お兄ちゃんから離れちゃだめだよ。迷子になるから」 「うん!」 プリンセスの指が王子様の指にしっかりと絡んだのを見て、国王が眉を寄せる。 「瑠未、みっつまで!だぞ!」 「はあい!」 ひらひらと手を振って、王子と姫は俺たちに背を向けた。 瑠未に振り回されて、理人さんの左腕がぶんぶん揺れている。 あんなに人混みを嫌がっていたのに自分から飛び込んでいくなんて、よっぽど夜店が気になってたんだろうな。 かわいい。 遠ざかっていくふたりの背中をなんとも言えない気持ちで見送っていると、葉瑠兄がふと笑った。 「理人くん、変わったな」 「そう?どこが?」 「お前を見ても辛そうにしなくなった」 「えっ……」 俺とよく似た垂れ気味の目尻が、さらになだらかな山を描く。 「まだ言ってなかったな、おめでとう」 「……サンキュ」 葉瑠兄の視線は、俺の左手の薬指を穏やかに見据えていた。

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