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閑話:午後4時の遊戯 (1)
「行ってきます」
「……」
「もう、そんな顔しないで」
「だって……」
「終わったらダッシュで帰ってきますから」
押し付けるようなキスと一緒にそう言い残して、佐藤くんはバイトに行ってしまった。
閉じた玄関の扉を見つめ、音をなくした空間でひとり佇む。
今日の仕事は、結婚披露宴での生演奏らしい。
生涯の愛を誓い合ったふたりの新たな人生の門出を一緒にお祝いできるなんて、素敵なことだと思う。
それに、俺だって残業で遅くなる日も多いし、休日出勤しなきゃいけない日もある。
同棲するようになったからって、四六時中一緒なようで、そうじゃないのは当たり前だ。
そうわかっていて、それでも、
「……淋しい」
弱くなったと思う。
佐藤くんと出会うまではひとりでいることが当たり前で、なんの制約もないことに心地良さすら感じることもあった。
それなのに今は、誰もいない空間が不安で仕方ない。
いや、違う。
佐藤くんがいないからだ。
だめだ。
そんなことばかり考えていたら、なんだか本当に心細くなってきた。
どこでもいい、出かけてしまおう。
気晴らしになるし、ちょうど買いたい雑誌もある。
暑いし、夏休みの人出を考えると挫けそうになるけど、
「久しぶりにクリームソーダでも飲んで帰ってくるか」
俺はわざと明るく独りごちた。
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