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閑話:午後4時の遊戯 (2)

「おかえりなさいませ、神崎様」 「た、ただいま」 ロビーへと続く扉を潜り、こめかみを伝う汗を拭う。 外の熱気から隔離され、ようやくちゃんと呼吸ができようになった気がした。 田崎さんが、暑いですね、と涼しい笑顔で慰めてくれる。 駅前でもらった小さな団扇で仰ぐと、エアコンで冷えた空気が火照った顔を冷やしてくれた。 毎年名古屋の夏は暑いと思うし、あちこちからそう言われるけれど、今日は特に暑かった気がする。 日向を歩いている時はフライパンの上で焼かれる目玉焼きの気分だったし、日陰に逃げても、まるでポータブルサウナのようにもわわんとした空気が追いかけてきた。 結局、三時間ももたずにギブアップした。 それでも目的の雑誌は買えたし、避暑を第一目的に発作的に飛び込んだパンケーキレストランで飲んだクリームソーダがなかなかに美味しかったから、達成感と満足感は高い。 今度は、佐藤くんも誘って行ってみよう。 そんなことを考えながら、エレベータを降りた。 「……ただいま」 〝俺の家〟から〝俺たちの家〟になった場所は、シンと静まり返ってきた。 やっぱりまだ帰ってないか。 ほんの少しまた淋しさが蘇って、でも、持ち主の帰りを待つように佐藤くんのサンダルがそこに並んでいることが、なんだかすごく嬉しかった。 隣同士に並ぶ茶色と黒のスリッパの黒い方に足を突っ込み、まずリビングのエアコンのスイッチを入れる。 紙袋に入った雑誌をそのままダイニングテーブルに放り投げ、バスルームに向かった。 熱めのシャワーで一気に汗を流すと、さっきまでの不快感が嘘のようにどこかへ行ってしまう。 濡れた髪をかき上げながら手を伸ばして、でも視界の端に深緑色が映り動きを止めた。 ああ、このバスタオルは佐藤くんのだ。 俺のは隣の紺色の方。 ふかふかの真新しいタオルに顔を埋め、ふぅ、と息を吐く。 ふたつずつセットのものが、増えたと思う。 洗面所には、お揃いのコップに刺さった色違いの歯ブラシ。 キッチンには、ふたつ並べるとペンギンがハイタッチするマグカップ。 けっこう粘っていろんなお店を探したけど、結局ハートになるペアのカップは見つけられなかった。 でも、お父さんたちから届いた引っ越し祝いが、お箸からお茶碗から、果てはエプロンまで全部ペアのものばっかりだったから、気がついたらあちこちにお揃いとか色違いものが溢れてしまっている。 もちろん嫌じゃないし、嬉しい……けど、なんだかこう、どこにもかしこにも、ここにもあそこにも、佐藤くんの気配を感じるようになって、落ち着かない。

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