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閑話:午後4時の遊戯 (3)
「……あ」
しまった。
着替えを出しておくのを忘れた。
今日はもう外に出ないし、なにか動きやすい服にするか。
寝室に入りかけ、ベッドを見てドキリとした。
枕が、ふたつ。
タオルケットの塊が、ふたつ。
シーツに刻まれた人型が、ふたつ。
ほら。
ここにも、佐藤くんがいる。
だめだ。
もう、
おかしくなる。
腰に巻いていたバスタオルを床に落とし、ベッドの右半分にダイブした。
枕に顔を埋めると、使い慣れたシャンプーのにおいがする。
耳の横に垂れた洗い立ての髪からも、同じ香りがした。
ふいに、涙が出そうになる。
同じシャンプーを使っているから当たり前のことなのに、こんなにも心が暖かくなるなんて。
いつになったら、慣れるんだろう。
仰向けになって、白い天井を見上げる。
もう、披露宴は終わったんだろうか。
まさか、新婦さんのドレス姿にトキメイたりしてないよな。
あーもう、早く帰ってこい。
佐藤くん。
佐藤くん。
「佐藤くん……」
――だめ、名前で呼んでください。
一緒に暮らすようになってから、なぜだか名前で呼ばせたがるようになった。
英瑠。
える。
エル。
いい名前だと思う。
でも、音にするのはものすごく恥ずかしい。
「……英瑠」
それでも意を決して呼ぶと、いつも目尻を垂らして嬉しそうに笑う。
その笑顔に俺が見惚れている隙に、あっという間に服を脱がしてしまうんだ。
「んっ……」
佐藤くんは、俺の胸をいじるのが好きだ。
ちょっと反応すると気を良くして、執拗にこねくり回してくる。
指で摘んだり、舌でペロペロされるとどんどん気持ちよくなってきて、つい下半身が元気になってしまう。
佐藤くんはそれに気づいてまた瞳を蕩けさせて、でも絶対すぐにはそこに触ってくれない。
焦れる俺を見下ろして、わざと首筋を揶揄い、肩、鎖骨、脇腹、おへそを順番に唇で吸いながら、じっとりゆっくりと熱を移動し、その湿った吐息がかかるのを今かと今かと期待して起ち上がった俺のそれを愛おしそうに見つめ、それからようやく優しく指を絡ませる。
しっとりと生暖かい口内に導かれる瞬間を思い出すと、全身が震えた。
なにかに導かれるように、左手が勝手にそこへと下りていく。
「あ……っ」
人差し指を立てて先端を抉ると、くち、と淫らな音がして、いやらしい滴が溢れた。
――理人さん、かわいい。ここ、震えてる。
目を瞑ると、脳内の佐藤くんが、情欲を隠さない不躾な視線で俺を犯してくる。
「いちいち、言うな……っ」
にやりと口の端を上げて、わざと俺と視線を合わせたまま、昂ぶったそこを大切そうに頬張った。
左手が、まぶたの裏に映った佐藤くんの動きに合わせて、勝手に上下する。
性急に扱きあげられるたびに、ぞくぞくとした快感が身体を這い上がってきた。
気持ちいい。
でも、だめだ。
足りない。
――前だけじゃ足りない?
「んっ……うしろも、さわって……っ」
――じゃあ、舐めて。
時折見せる、加虐者の顔。
心臓の奥の方が、きゅうっと疼いた。
差し出されるまま、男らしい指を唾液で潤す。
鍵盤の上ではあんなにも繊細な旋律を奏でる指が、今は俺の中に入るための準備している。
そう意識しただけで、もう――
「んん……!」
唾液で濡れそぼった人差し指を差し込むと、ピクンと膝が跳ねた。
――大丈夫?痛くない?
「だいじょ、ぶ……っ」
本当は、大丈夫なんかじゃない。
それでも、辛いと言ってしまったら佐藤くんは行為をやめてしまう。
だから俺は、頑なな理性がようやく諦めるまでの時間を、目を瞑って耐える。
最初は遠慮がちだった指が、入り口を押し拡げるようにばらばらと動きはじめた。
やがて、そこを的確に探し当てる。
「あっ……あっ……」
今、俺は自分の指で自分のなかを愛撫している。
それなのに、鼓膜を震わせてくるのは佐藤くんの低く掠れた声だ。
――理人さん、気持ちいい?
――もう、イきそう?
――俺もやばいです……っ。
佐藤くん。
佐藤くん。
佐藤くん。
「英瑠……っ」
好きだ。
好きだ。
好きだ好きだ好きだ好き――…
「んっ、あっ……もう……っ」
「理人さん?」
「えっ……」
「あ、やっぱりここにいた。ただい……ま……?」
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