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終-1:午後9時の予感 (5)

うっかりまたスイッチをONされそうになり、乱れた心拍を、脈絡を完全に無視した深呼吸でなんとか落ち着ける。 なんだか無性に悔しくなって、色の綺麗な髪をくしゃくしゃと掻き乱すと、潤んだふたつのアーモンド・アイが俺を見上げてきた。 ああこれは、キスを強請る時の顔だ。 「理人さん、さては浮かれてますね?」 「……悪いかよ」 「まさか。かわいいんで、もっと浮かれてください」 「……うるさい」 理人さんの口元が、ふにゃっと笑った。 よかった。 機嫌は直ったみたいだ。 「あ、そうだ!赤い付箋のページ開いてみてください」 「赤?」 「明後日はそれやりましょ。ふたり分、予約取れたんで」 「もしかして、この『自然体験INウォーターボール』ってやつ?」 「はい。でかいビーチボールに入って、モーターボートで引っ張られるんです。楽しそうでしょ?」 「……うん」 不自然なほど神妙に頷くと、理人さんはガイドブックに顔を埋めてしまった。 「理人さん?」 「……やばい」 「えっ」 「にやにやしてきた」 「にやにや?」 「これ、ちょっとだけやってみたいなって思ってたんだ」 「……」 「だから、嬉しい」 そう言って、理人さんは目尻をトロンと蕩けさせた。 ……まずい。 これはまずい。 かなりまずい事態だ。 理人さんが逐一かわいすぎる! 予想以上にかわいすぎる! 夜までもつだろうか……いや、もたせるしかないんだけれど!

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