416 / 492

終-1:午後9時の予感 (8)

五十鈴川から流れてきた風が、狭い路地を通り抜けて、俺たちの間を吹き抜けていく。 秋の訪れをこれ見よがしに示すように、乾いた風がわざとらしく理人さんの前髪を跳ね上げた。 色の綺麗な細い髪の一本一本が、陽の光を受けて輝く。 理人さんは眩しそうに目を細め、お尻を滑らせて俺の隣に移動してきた。 「理人さん、俺の赤福ひとつ食べる?」 「えっ……いや、いいよ。佐藤くん食べて」 「俺はもう満足ですから。はい」 残りのひとつを箸で挟んで、理人さんの口の高さまで持ち上げる。 零さないよう皿で受けながら、さあさあ、と近づけると、理人さんは少しだけ躊躇ってからかぶりついた。 「どう?」 「ん、美味しい」 目尻を下げ、左手の親指で唇を拭う。 「あそこにいる人、かっこいいね」 「ほんとだ。絵になってる」 ふいに、背中の向こう側から噂話が聞こえてきた。 ヒソヒソと控えめな声が高い。 きっと、少し離れた場所に座っていた二人組の女の子たちだろう。 愛する恋人を褒められるのは嬉しいし、この上なく光栄だけれど、こんな時はいつも複雑な心持ちになってしまう。 だからつい、見せつけたくなる。 理人さんは俺のだ。 そう、叫びたくなる。 「理人さん、あんこついてる」 「えっ、どこ?」 「ここ」 彼女たちから見えないのをいいことに、口元に薄く残っていたあんこを舐めとる。 途端に、理人さんの顔が燃え上がった。 「ごちそうさまです」 「……うるさい」

ともだちにシェアしよう!