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終-1:午後9時の予感 (8)
五十鈴川から流れてきた風が、狭い路地を通り抜けて、俺たちの間を吹き抜けていく。
秋の訪れをこれ見よがしに示すように、乾いた風がわざとらしく理人さんの前髪を跳ね上げた。
色の綺麗な細い髪の一本一本が、陽の光を受けて輝く。
理人さんは眩しそうに目を細め、お尻を滑らせて俺の隣に移動してきた。
「理人さん、俺の赤福ひとつ食べる?」
「えっ……いや、いいよ。佐藤くん食べて」
「俺はもう満足ですから。はい」
残りのひとつを箸で挟んで、理人さんの口の高さまで持ち上げる。
零さないよう皿で受けながら、さあさあ、と近づけると、理人さんは少しだけ躊躇ってからかぶりついた。
「どう?」
「ん、美味しい」
目尻を下げ、左手の親指で唇を拭う。
「あそこにいる人、かっこいいね」
「ほんとだ。絵になってる」
ふいに、背中の向こう側から噂話が聞こえてきた。
ヒソヒソと控えめな声が高い。
きっと、少し離れた場所に座っていた二人組の女の子たちだろう。
愛する恋人を褒められるのは嬉しいし、この上なく光栄だけれど、こんな時はいつも複雑な心持ちになってしまう。
だからつい、見せつけたくなる。
理人さんは俺のだ。
そう、叫びたくなる。
「理人さん、あんこついてる」
「えっ、どこ?」
「ここ」
彼女たちから見えないのをいいことに、口元に薄く残っていたあんこを舐めとる。
途端に、理人さんの顔が燃え上がった。
「ごちそうさまです」
「……うるさい」
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