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終-1:午後9時の予感 (9)

ズズズズ、と音を立てながら淹れたての緑茶を啜り、ふうっと息を吐く。 そんなことを何度か繰り返し、空になった湯呑みを茶托に戻すと硬い音がした。 「そういえば、なにをお願いしたんですか?」 「お願いって?」 「さっき、真剣にお参りしてたでしょう」 伊勢神宮の内宮(ないくう)には、天照大御神を祀る正宮(しょうぐう)のほかに、川の守り神の瀧祭神(たきまつりのかみ)など、様々なお社がある。 今日は時間もあるしせっかく来たのだからと、宮内を散策しながら、すべての社を網羅した。 そのひとつひとつで、理人さんは時間をかけて手を合わせていた。 「願い事はなにもしてない」 「そうなんですか?」 「ただ……」 「ただ?」 「……別に」 肝心なところでふいと視線を逸らされ、拍子抜けする。 「えー、気になる!」 「そういう佐藤くんはどうなんだよ」 「俺はもちろん、これからもずっと理人さんと一緒にられますように、って」 「そういうことも神頼みしていいのか?」 「いいんじゃないですか?だめな理由もないだろうし」 「……ふぅん」 理人さんは、ちょっと驚いたように目を見開いた。 でもすぐに畳の上に重ねられた空の皿を見下ろし、切なげに呟く。 「あー……おかわりしたい」 「えっ」 「でも、やめとく。これからいっぱい見て食べなきゃだしな!」 「プッ、じゃあそろそろ行きますか?」 「うん!」 理人さんは深く頷き、子供のように無邪気に縁から飛び降りた。

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