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終-1:午後9時の予感 (11)
「理人さん、泳いじゃだめですよ」
「わかってる!」
「ほんとかなあ……」
一抹の不安を覚えつつ、ほとんどスキップしながら脱衣所を去っていく理人さんの背中を見送る。
あれだけはしゃいでいても、脱いだ浴衣がきっちりと畳まれているのがいかにも理人さんらしい。
俺と一緒の風呂はいつもこれでもかってくらいに嫌がるのに、今日は躊躇いもせず生まれたままの姿を披露していた。
もちろん家では俺があそことかあそことかあそことかを触りまくって、結局〝そういうこと〟になるって分かってるからなんだろう。
大浴場ってことは、俺たち以外の宿泊客とも一緒に入るということだ。
俺じゃないほかの誰かがうっかり理人さんに見惚れてたりしたら、冷静でなんていられないかも。
なんとなくふてくされつつ、俺も浴衣の帯を解き、浴場へと続く扉を開ける。
すると、立ち上る湯気が流れて消えた先には、理人さんしかいなかった。
「なんだ、貸切ですね」
安堵の息を吐くと、一足先に身体を流していた理人さんが俺を振り返る。
「ラッキーだったな。これなら泳いでも……」
「だめです!」
「冗談だよ」
歯を見せて笑い、理人さんはシャンプーのボトルをプッシュした。
俺も手近な洗面器と椅子を手に取り、理人さんの隣に腰を下ろす。
「このシャンプー、真珠入りだって」
「あ、ほんとですね」
理人さんは、右手に広がった白い液体に鼻を寄せた。
「なんでにおい嗅ぐんですか」
「真珠っぽいにおいするのかと思って」
「どれ?」
俺も確認してみたけれど、ほとんど無臭だ。
真珠のにおいがどんなものかはわからないけれど、一般的なシャンプーらしい香りもしない。
「うーん、ないですね」
「まあ、頭が磯臭くなったりしても困るけどな」
「プッ、そうですね」
不思議そうに手のひらを見つめてから、理人さんはそれを自分の頭に擦りつけた。
俯いてわしゃわしゃと泡立てるのを、横目で見守る。
理人さんは、色が白い。
不健康な白さとは違うけれど、俺は陽に当たるとすぐに色が変わってしまう方だから、裸で並んでいると理人さんの肌の明るさが際立つ。
どんどんと泡を作り出す腕の動きに合わせて、肩甲骨が奇妙に蠢いている。
背中の筋肉が僅かに盛り上がり、控えめな凹凸をつくりだしていた。
やっぱり、引き締まってるなあ。
理人さんは、あんまり運動が好きじゃない。
でも最近は俺とランニングに行ったりしてるし、夜の運動も……って言うとまた怒られてしまうか。
首筋を伝う泡を追いかけながら視線をずらしていくと、細い腰の下にそれはあった。
椅子に押し上げられたお尻の肉が、綺麗な台形を描いている。
今は隠れて見えないけれど、その割れ目の奥には、かわいいのにエッチ極まりない窄まりがあって、そこをいつも俺のが出たり入ったり……してるんだよなあ。
出たり……入ったり……何度も……何度も……出たり……入ったり……。
「……佐藤くん」
「え、あ、は、はい!?」
「見すぎだ、変態……!」
うわ、バレてた!
「ごめんなさい、理人さんの背中があんまり綺麗だったから」
もうすでに赤かった理人さんの顔が、さらに熟れたトマトの色に変わる。
うん、今のは俺が悪い。
俺が悪い、けど。
「んっ……」
ここはやっぱり、理人さんがかわいいせいにしておきたい。
「ちょ、だめだろ。こんなとこで……!」
「そう?なんで?」
「だ、誰か入ってきたらっ……」
「じゃあ入ってくるまで。それならいいでしょ?」
鼻先を擦り付けて、許可を強請る。
理人さんは泡だらけの頭を仰け反らせて、呻いた。
「そうやって聞くの……ずるい」
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