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終-1:午後9時の予感 (13)
「乾杯!」
「乾杯!」
グラスがキンと高い音を立てて、茶色の液体が揺れた。
さて、ありとあらゆる海の幸を堪能するとしよう。
海の幸を!
そう、今俺が堪能すべきは海の幸……。
「うっまあ!」
……はあ。
理人さんは、ひと口ひと口をとても丁寧に口に運び、噛みしめるたびに感嘆の声を漏らした。
なにかを食べている時の理人さんは、いつもの何倍も素直だし、幼いし、かわいい。
もし恋人同士でなかったとしても、一緒にご飯を食べたい人ランキングはぶっちぎりで理人さんが一位だったと思う。
もちろん、視界に〝大好きフィルター〟がかかっている俺は、理人さんのもごもご動く口や、唇を舐めるたびに覗く赤い舌先にばかりに目がいって、正直ろくに味わえてなんかいない。
だいたい、なんで隣に座るんだ。
肩が触れ合うたびにドキドキするし、お茶を流し込む喉の凹凸がエロいし、ちょっとだけ着崩れた浴衣の合わせ目から、その、胸のあたり……のアレが、さっきからチラ見せして俺の煩悩を揶揄ってくるし!
あれ、もしかして……わざと?
わざとか!?
「あ、忘れてた!」
理人さんが唐突に席を立ち、部屋の奥にまとめてあった荷物をガサゴソする。
戻ってきた理人さんの手には、達筆な文字で『半蔵』と書かれた瓶が握られていた。
おかげ横丁で買った地酒だ。
「佐藤くん、これ開けて」
「お土産用じゃなかったんですか?」
「佐藤くんに飲んでほしくて、一本余分に買ったんだ。お店で試飲したとき、これが一番好きって言ってただろ」
確かに言った。
言ったけれども!
理人さんが、ご褒美ちょうだい、とでも言うように上目遣いで見上げてくる。
まるで子犬だ。
アーモンド・アイが、うるうるしている。
うるうる。
うるうる。
うるうる……ああ、もう、わかったよ!
こっちはもういろいろ限界だっていうのに……!
仕方なく瞼に触れるだけの口づけを落とし、酒瓶を取り上げた。
透明な液体がたぷたぷ揺れる。
「これ、俺がひとりで飲むんですよね?理人さん飲めないし」
「このやろう、俺の酒が飲めねえってのか」
「は……?」
「つべこべ言わずにさっさと開けろや」
さっきまでうるうるしていたふたつの瞳が、今度はキラキラ輝いている。
なんだかすごく楽しんでいるようだ。
ほんと、かわいいなこんちくしょう!
「はいはい、わかりました。いただきますよ」
「手酌なんて野暮な真似してんじゃねえよ。俺に注がせろ」
理人さんは、開けたての酒の瓶を引ったくった。
そして顎を上げて、さっさとグラスを持てと暗に指示してくる。
いかにも酒癖の悪い上司っぽいキャラを演じているんだろうけど、なにかが変だ。
おもしろいしかわいいから、もう、なんでもいいやって気分だけど……。
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