431 / 492
終-2:午後0時の祈り (3)
なぜだろう。
じっとりとした汗が、次から次へと湧き出てきて引かない。
理人さんからLIMEの返事がない。
なんら珍しくもない、いつものことだ。
既読がつかないのも、仕事中だからだと簡単に説明がついてしまう。
それなのに、どうしてこんなにも不安なんだろう。
スマートフォンを握る手が震える。
具体的な映像なんてなにも浮かばないのに、ただ嫌な予感ばかりが脳裏を過ぎる。
胸騒ぎがおさまらない。
「佐藤くん?」
「あ……はい」
「どうしたの?顔色が悪いけど……」
宮下さんの言葉尻をかき消すように、にわかに外が騒がしくなった。
けたたましいサイレンの音と一緒に、赤い光が回転しながら近づいてくる。
心臓の鼓動が不自然に逸り、ふいに催した吐き気を頭を振って揉み消した。
救急車がどうした。
毎日最低三度は聞いている馴染みの音じゃないか。
たくさんの人が行き交うオフィス街。
人口密度が上がる日中は、得てしてさまざまなことがあちこちで起こる。
特にこのビルを挟み込む道路は左右どちらも幅広く、近くには大きな病院もある。
救急車だけでなく、パトカーがドップラー効果を撒き散らしながら通り過ぎていくことも多かった。
でも、目の前に横付けされるのを見るのは初めてだ。
外を行き交う人たちが、好奇心丸出しの視線を向けながら通り過ぎていく。
赤と白の救助服に身を包んだ人たちが救急車から降り立ち、ストレッチャーを押しながら慌ただしくビルの中に飛び込んでいった。
宮下さんが心配そうに顔をしかめながらも、「ドラマみたいだね」とどこかワクワクした様子で俺を見上げてくる。
曖昧に頷き視線をずらすと、見覚えのある警備員が大きく手を振りながら彼らを誘導していた。
ガラス越しに、人が集まっているのが見える。
あそこは確か、荷物搬入用のエレベーターホール。
「さ、佐藤くん!」
宮下さんが、唐突に俺の制服を強く引っ張ってくる。
「あ、あれ……!」
青ざめ震える彼女の視線の先を追い、俺は完全に呼吸を止めた。
救急隊員に抱えられ、ひとりの男がストレッチャーに乗せられている。
その身体は長く、細い。
耳元でなにかを呼びかけられているが、横たわった男は微動だにしない。
頭が不安定に揺れている。
それを抑える隊員の白い指の間から、色の綺麗な髪がはみ出していた。
ふいに男の身体が大きく痙攣し、激しく嘔吐 き始める。
抱き起こされた男は黄色い液体を口から吐き出し、そしてがっくりと項垂れた。
だらりと力なく垂れた左手の薬指が、キラリと青く光った。
ともだちにシェアしよう!