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終-2:午後0時の祈り (8)
理人さんは湧き水のように血を吐き続けた。
フィクションでもノンフィクションでも、あんなにたくさんの〝紅〟を見たのは、生まれて初めてだった。
アルコール起因の吐血は珍しくない。
ようやく落ち着いた理人さんを見下ろし、桐嶋先生はそう言ったけれど、その表情は険しいままだった。
ピッ……ピッ……ピッ……。
理人さんの心臓は、動いている。
任務に忠実な機械が、音でその事実を知らせてくれている。
それなのに、どうしてこんなにも実感が沸かないんだろう。
理人さんはそこにいるのに。
生きて――いるのに。
「佐藤くん」
「木瀬さん……?」
低い囁き声がして振り返ると、木瀬さんが手招きしていた。
集中治療室を出ると、空気の流れを感じ少しホッとした。
「入院の手続きしてきた」
「ありがとうございます」
「あいつの保険証、持ってるか?」
「あ……いつも理人さんが財布の中に……」
「わかった」
短く答え、木瀬さんが黒いスマートフォンを操作し始めた。
三枝さんがちょうど会社に荷物を取りに戻っているから、確認してもらうんだそうだ。
すぐにスマホが震え、木瀬さんは深く息を吐いた。
「保険証あったって。それ……理人の?」
いつになく不安げに揺れる視線が、俺の顔に固定される。
指でなぞると、頰に浴びた血液が乾いて硬くなっていた。
「血、吐いたって……けっこうすごい量」
「はい。でも、大丈夫です。とりあえず今は、小康状態で……」
「そ、か」
なにか飲もう。
木瀬さんの言葉に導かれ、ふたりで『家族控え室』を目指す。
そこへと繋がる廊下には、さっきまではなかった窓があった。
見上げると、紺色の空にぽつりと黄色い粒が輝いているのが見える。
綺麗だ。
地上でなにが起こっていようと関係ない。
当たり前のように時間は流れ、いつのまにか日が沈んでいた。
始まったばかりの夜の空には星が輝き、見上げる人を喜ばせている。
その星の命は、もうとっくに燃え尽きているのかもしれないのに。
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