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終-2:午後0時の祈り (11)

理人さん、聞こえますか。 木瀬さんが、泣いてます。 あの木瀬さんが、泣いているんです。 あんたがこのまま死んだら、木瀬さんはずっと自分を責め続けていくことになるんですよ。 まさか、そんな重い後悔を一生背負わせるつもりなんですか。 違うでしょう。 俺は知ってます。 理人さんは、そんな人じゃない。 だから――… ガラッ。 控え室の扉が乱暴に開かれ、濡れていた思考が一気に乾いた。 「あ、いた!」 三枝さんが、手に持っていた荷物を音を立てて床に落とし、靴を脱ぐのもそこそこに畳に上がってくる。 入り口で無造作な塊になっていたのは、理人さんの鞄とスーツのジャケットだった。 「木瀬!パスワード知らね!?」 「パスワード?」 「あ、それ、理人さんの……」 血走った目で詰め寄る三枝さんの手には、理人さんのスマートフォンが握られていた。 真っ暗な画面を何度か押し、クソッと悪態を吐く。 それを繰り返そうとしたところで、俺は三枝さんを押しとどめた。 「ちょっと、なにやってるんですか!」 「『撮った』って言ったんだ!」 「え……?」 「あいつ、神崎が……意識失くす直前、俺に『撮った』って」 撮った……? 「くっそ、だめだ!」 スマホがぶるりと震え、情報の開示を頑なに拒否する。 画面には、『一分後にやり直してください』と表示されていた。 「あいつ、絶対忘れるから1234にしてるって言ってたのに……!」 「4321は?」 「試した!」 「パスワード変えたんじゃね……佐藤くん!」 「えっ……?」 「君は知ってるだろ!?」 「俺、も、知らな――…」 ――なんで違うんだよ……ここは俺の誕生日にしとくとこだろ! ――もしかして、理人さんのは俺の誕生日なんだ? ――……チガウ。 「……誕生日」 「誕生日……?」 「俺の、誕生日……1208」 三枝さんがごくりと喉を鳴らし、もう一度画面を押した。 再び現れた数字の上を、小さく震える人差し指がひとつひとつ慎重に辿っていく。 それを四回繰り返すと、一瞬の間ののち、暗かった画面に明るい光が灯った。 「開いた……!」 取り落としそうになったスマホをもう一度しっかりと握りしめ、三枝さんが写真アプリを開く。 小さな画面の上に、規則正しく並ぶ色とりどりの写真。 そのほとんどが食べ物と風景だ。 なんだかすごく理人さんらしい。 その中には、週末に撮ったばかりの写真もあった。 伊勢神宮の中心に聳え立つ大木。 きめ細かに輝く五十鈴川の水面。 店先に並ぶ大小さまざまな招き猫。 升いっぱいに佇む透き通った地酒。 真っ青な秋空に浮かぶ白い雲。 ――理人さん、なに撮ってるんですか? ――雲! ――雲?空じゃなくて? ――だってあの雲、グランドピアノみたいな形だろ? ――うーん……そうですか? ――そうだって!ほら、あそこ! そこには、理人さんが集めた〝世界〟が詰まっていた。 うっかり目の前が揺らいできて、慌てて瞬きする。 すると、慎重にスクロールしていた三枝さんの手がぴたりと止まった。 画面の一番下に、たったひとつ、真っ黒な四角。 その中心には、白い三角のマークが表示されていた。 「これ……」 「写真じゃない。動画だ……!」

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