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終-2:午後0時の祈り (13)

木瀬さんとふたり、集中治療室へと続く廊下を歩く。 もう窓の外を見上げる気分にはならなかった。 そこに星が輝いていようが、月が満ちていようが欠けていようが、今はそんなことどうでもいい。 三枝さんは、理人さんのスマートフォンを握りしめ、神妙な面持ちで俺たちとは反対方向に歩いていった。 例の動画は、三枝さんの手によって会社のにメールで一斉送信された。 警察にも〝事件の証拠〟として提出されることになるだろう。 これはもう、社内の不祥事ではとても済まされない。 三枝さんも、木瀬さんも、長谷部にはきちんと罪を償わせると言っていた。 そのために全力を尽くす、とも。 でも今の俺には、それもどうでもよかった。 俺のたったひとつ願い、それは―― 「英瑠……!」 最後の扉が物々しくスライドすると、見知った顔が俺たちを出迎えた。 「父さん?母さんも……なんでここに……」 ふたりだけじゃない。 瑠衣も、瑠加も……白衣姿の葉瑠兄の隣には、未砂さんや瑠未までいた。 泣きじゃくる瑠未の奥からふいにひとつの影が飛び出してきて、全身が揺れるほどの勢いで俺にぶつかってくる。 「英瑠くん……!」 背中をぎゅうぎゅうと締め付けられ、アッシュグレーの髪に首をくすぐられた。 「西園寺さん……?」 いつの間にか、そこにはたくさんの人たちが集まっていた。 スーツ姿の人がほとんどで、中には見覚えのある顔がいくつもある。 ネオ株の人たちが、仕事終わりに駆けつけてきたんだろう。 入れ替わり立ち替わり、中に入ってしばらくすると出てきて、また違う二人組が理人さんに会いに行く。 はらはらと涙を流しながら、肩を抱かれて出てくる女性もいた。 廊下に佇む人たちの多くは、窓にへばりつくようにして中を見つめている。 彼らの瞳に映っているのは、 哀しみ、 悔しさ、 後悔、 諦め、 そして、 絶望。 「……やめろよ」 「佐藤くん?」 「こんな、もう会えなくなるから集まった、みたいなのやめろよ!」 いや、違う。 みたいな、じゃない。 ――会わせてやりたい人がいるなら、会わせてやった方がいい。 桐嶋先生のあの言葉は、意味だ。 「……帰れ」 「英瑠……?」 「みんな帰れ!最後になんかならない!」 「英瑠くん……!」 「理人さんは死なない!死んだりしないんだよ……!」 だって、こんな死に方は理人さんの本意じゃない。 ――佐藤くんに酒飲まされて死ぬなら、俺は本望だけど? 俺だけなんだ。 理人さんには、俺だけ……! 「理人さん……理人さん理人さん理人さん……っ」 逝かないで。 来年も一緒に夏祭りに行くって言ったじゃないか。 鮎のつかみどりも、 動物園デートも、 海水浴も。 旅行だって、ガイドブック七冊分も残ってる。 料理だって、 朝のランニングだって、 てるてる坊主作りだって、 一緒にやってみたいことも、 またやりたいことも、 まだまだいっぱいあるんです。 俺のおかげで、世界がカラーになったんでしょう。 そう言って泣き笑いしたくせに、そのあんたが真っ先に死ぬんですか。 大切な人がいない世界で生きる苦しみを一番知ってるあんたが先に死んで、 俺の世界を白黒にする気なんですか……? これから毎日、 いっぱい笑って、 いっぱい泣いて、 いっぱい怒って、 いっぱい仲直りして、 いっぱい愛し合って、 ずっと、 ずっと一緒にいるんじゃなかったのかよ! 神様。 お願いです。 この願いが叶うなら、なんでもします。 どんなことでもします。 だから、 だから、 「理人さんを連れていかないで……!」

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