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終-2:午後0時の祈り (16)

気のせいかと思った。 でも、俺の手から逃れようともがく指先の動きには、弱々しい中にも確かな意思を感じた。 固唾を飲んで見守っていると、それまで穏やかな表情を作り出していた理人さんの眉間に浅い皺が寄った。 その小さな痙攣は徐々に額全体に広がり、やがて頑なに閉じていたまぶたをゆっくりと押し上げる。 うっすらと開いたその隙間を、黒目が行ったり来たりした。 しばらくして、縦横無尽に動き回っていた眼球の動きが止まり、ふたつの瞳が白い天井を見上げる。 まぶたが、気だるげな開閉を繰り返していた。 「理人さん……?」 瞬きが止まった。 右へ左へとあちこち彷徨った視線が、ゆっくりとこちらに流れてくる。 緩慢なリズムで上下するまぶたの向こう側で、俺の姿が点いたり消えたりする。 やがて、曖昧だった視線がしっかりと俺を捕らえた。 酸素マスクが乳白色に曇り、すぐにまた透明に戻る。 クリアになった世界の奥で、薄い唇が僅かに開き、 さ、とう、くん。 俺を呼んだ。 音のないはずの声が、音になって耳に流れ込んでくる。 そして頭の中を逆流し、鼻の奥をツンと痛め、目の裏を強く刺激した。 「ふっ……う……っ」 熱いなにかが頰を伝い落ち、喉が震える。 嗚咽しながら泣く俺を、ふたつのアーモンド・アイがぼんやりと見つめていた。 きっと理人さんは俺の涙の意味なんてこれっぽっちもわかっていない。 可笑しいだろう。 滑稽だろう。 それでも俺は、泣かずにはいられなかった。 感謝せずにはいられなかった。 ああ、 神様。 ありがとうございます。 ありがとうございます……! ピピッ……ピッ……ピピピッ……。 また波形が乱れた。 堰を切ったように溢れていた涙が止まる。 ゆらゆらと揺れる視界の中心で、理人さんが必死に指を動かそうとしていた。 ああ、そうか。 俺の涙を拭おうと―― 「動いちゃだめです」 宙に浮いた左腕をそっと押し戻す。 「今はまだ、眠ってください」 湿った前髪をかき上げ額の輪郭をなぞると、ふたつの瞳が僅かに揺らいだ。 「大丈夫です。俺はここにいますから……ずっと」 理人さんはもう一度俺を見つめてから、ゆっくりとまぶたを下ろした。 優しい旋律を奏でるように、薄い胸が穏やかなリズムで上下している。 手に食い込んだ指先が、ほんのりと暖かかった。

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