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終-3:午前10時の旅立ち (1)
「本当に大丈夫なんですか?」
「大丈夫だって!桐嶋先生からも葉瑠先生からも、お墨付きもらっただろ」
「でも、せっかく会社がまだ休んでてもいいって言ってくれてるのに……」
「みんなに迷惑かけた分、早く復帰したいんだよ」
「誰も迷惑だなんて思ってませんよ。理人さんは悪くないんだから」
「それでも!」
地団駄を踏む様子は、まるで駄々っ子だ。
「俺は意地悪で言ってるわけじゃないんです。理人さんが心配だから」
「それはわかってる、けど……」
「けど?」
「昼間家にずっとひとりきりって、けっこう……堪える」
結局その寂しげな笑顔に俺はあっさりテクニカルノックアウトされ、事件からちょうど一ヶ月半が経ったその日、理人さんは仕事に復帰した。
――大丈夫だって!
周囲の心配をよそに、理人さんはその言葉どおりバリバリと仕事をこなした。
上からの命令で、当分の間、出張や残業は一切禁止となった。
でも放っておくとすぐ無理しようとするから、木瀬さんや渋谷さんが目を光らせては、チャイムと同時に理人さんをオフィスから追い出す毎日。
時折それを不満そうにぐちぐち言いながらも、理人さんはとても生き生きとしていた。
長谷部の後任としてやってきた新部長が、現場時代の上司だったのも良い影響になっているんだと思う。
最初は心配で心配でしょうがなかった俺も、徐々にスマホを確認する頻度が減り、以前のようにLIMEが未読スルーでも慌てることがなくなった。
そんな、元どおりの日常を取り戻したかに見えていたある日。
「佐藤くん」
木瀬さんが、コンビニにやってきた。
「いらっしゃいませ。どうしたんですか?」
朝でも昼でもおやつ時でもない時間にひとりで来るなんて珍しい。
「理人は言わねえと思うから、俺から言っとく」
いつになく真剣な声が、呻いた。
「あいつ今日――倒れた」
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