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終-3:午前10時の旅立ち (2)
「うわ、気が早いな。もうクリスマスモードになってる。この間までハロウィン一色だったのに」
理人さんが、驚きの中にも興奮の混じった声を上げた。
夕飯の買い出しにきた俺たちを迎えてくれたのは、赤と緑に彩られた食品売り場。
入り口では、俺より背の高いクリスマスツリーが色とりどりの光を纏って輝いていた。
「メリークリスマスって言われても、なんか全然実感湧かないな」
「昼間はまだあったかいですしね」
「そういえば、去年はふたりでクリスマスケーキ作ったよな。今年はどうする?」
「理人さんが混ぜすぎて膨らまなかったスポンジのリベンジしときますか?」
「そ、そんなこと覚えてんなよ!」
「覚えてるに決まってるでしょ。理人さんとにかくなんでも混ぜまくるから、生クリームだってツノが立つどころかカッチカチになるくらい固まっちゃって、涙目になりながらカステラみたいなケーキに必死で塗ってたじゃないですか。クリスマスケーキのないクリスマスなんてクリスマスじゃない、とかなんとか言いながら」
「なっ……」
「ものすごく可愛かったしおもしろすぎたから、忘れるなんて無理です」
「こ、このやろう!見てろ、今年はふっかふかのケーキを作ってやる……!」
ひとり憤慨したまま、理人さんが足早に遠ざかっていく。
ショッピングカートが乱雑な音を立てた。
もうすぐ、クリスマスがやってくる。
理人さんと一緒に迎える、二度目のクリスマス。
もしかしたら、ひとりで過ごすことになっていたかもしれないクリスマス。
今年もまた、大好きな人と一緒にいられる。
嬉しくないわけがない。
わくわくしないはずがない。
それなのに――
「理人さん」
ひと足先に精肉コーナーにたどり着き、真剣な様子で物色している理人さんに呼びかける。
「んー?」
「なにか、俺に言うことないですか」
「言うこと?あっ、今日なに食べたいかまだ言ってなかったっけ?」
「それは聞きました。ジャーマンポテトでしょ」
「あー……そうか、LIMEしたんだったな。それさ、ドイツではジャーマンポテトって言わないんだって。そりゃそうだよな、『ドイツのジャガイモ』なんて料理名、ドイツでは変だよな」
理人さんが、俺を見ない。
「ベーコンはブロックベーコンってやつがいいらしいけど……佐藤くん、どれか分かる?」
いつもより高い声が、次々と言葉を産み落としていく。
そのたびにダークグレーの背中が震え、色の綺麗な髪がわずかに揺れた。
「佐藤くん、聞いてる?」
問いかけの言葉も、薄い身体が妨げになってなかなか届いてこない。
俺は唐突に激しい苛立ちを覚え、その衝動のまま理人さんの身体をひっくり返した。
今朝以来初めて、理人さんと視線が交わる。
吐息がかかりそうな距離で見つめると、ふたつのアーモンドアイが素早く瞬いた。
「な、んだよ、怖い顔して」
「なんで目、合わせないんですか」
「目……?」
「俺に言いたいこと、あるでしょ?」
――あいつ今日、倒れた。
「……ない」
「理人さん」
「ないよ、佐藤くんに言いたいことなんて」
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