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終-3:午前10時の旅立ち (4)

「理人さんが倒れた……?」 カウンターの向こう側で、木瀬さんは神妙に頷いた。 「今日、昼前に例の……第六会議室で打ち合わせがあってさ。そしたらあいつ、急に息ができないって言い出してそのまま倒れて……意識はすぐに戻ったから場所移動して落ち着かせたんだけど、結局その後も、会議室には入れなかった」 「そう、ですか……」 「理人は大丈夫だ、ちょっと疲れてただけだって笑ってたけど、どうにも気になって……あいつは君に言わないだろうから、一応知らせとく」 木瀬さんの言ったとおり、理人さんは今日のことをなにも話してくれない。 俺に心配をかけまいとしているんだろう。 もしかしたら、病み上がりなのにフルパワーで頑張っていた分の疲れが今頃になって出たのかもしれない。 今思えば、朝から顔色が少し悪かったような気もする。 明日の朝も辛そうなら、仕事は休みにした方がいいだろう。 でも……本当にそれだけなんだろうか? ――例の……第六会議室で打ち合わせがあってさ。 理人さんが場所で倒れたのは、偶然なんだろうか? 理人さんの笑顔が、 輝くような笑顔が、 ――ないよ、佐藤くんに言いたいことなんて。 今にも泣き出しそうに見えたのは、俺の気のせいなんだろうか……? 冷えたベッドの右側に背中を預け、白い天井を見上げた。 よく見ると、真っ白な中にもうっすらと模様が施されている。 ここが自宅になった夜、どうしても気になって調べたら『ダマスク』という織物をモチーフにした柄だということが分かった。 ずっと気になっていた疑問が解けたからか、理人さんがしばらく「ダマスク、ダマスク」とはしゃいでかわいかったなあ。 つい数ヶ月前のことなのに、まるで遠い昔の出来事のような気がしてしまう。 エアコンを使わなくなった寝室は、とても静かだ。 開け放った扉の向こうから、シャワーが流れる水音までしっかり聞こえてくる。 今夜の理人さんは、いつもより長風呂だ。 もしかしたらスーパーの100円ショップで衝動買いした黄色いヒヨコたちと戯れているのかもしれない。 サイドボードのスマホを手に取り、LIMEアプリを起動する。 そしてほんの少し躊躇ってから、親指を動かした。

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