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終-3:午前10時の旅立ち (6)
「へっ……?」
間抜けな声が出た。
瞼の筋肉を無駄に酷使する俺を見て、理人さんは口の端をあげる。
「もう二ヶ月くらいしてないだろ。新婚なのに」
「この間一緒に抜いたじゃないですか。それに、まだ入籍してないんだから新婚とは言わなんん!」
抗議の声を上げていた唇が、ばくっと食べられた。
まるでトーストに塗るバターのように、理人さんの唾液が口の周りに塗りたくられる。
ミントのフレッシュな香りが、鼻腔をくすぐった。
押し付けたままキスの角度を変えられ、唇がひん曲がる。
与えられる潤いは得るそばからすぐに乾き、とても潤滑油にはなってくれない。
激しく摩擦する表皮がヒリヒリと痛み出し、俺はプロレスのギブアップのように背中をタップした。
すると、ひっきりなしだった口づけの嵐の代わりに、不満いっぱいの鼻息が降ってくる。
「挿れるセックスが好きなんじゃなかったのかよ?」
理人さんが、至近距離で俺に凄んできた。
これはもしかして……もしかすると……理人さんに限ってまさかだけど……欲求、不満?
確かに、理人さんが退院してから俺たちはまだ一度も〝そういうこと〟をしていない。
もちろん入院中もしてないから、『二ヶ月くらい』という表現は曖昧なようで、実はとても正確なのだろう。
特に最近の理人さんはいつになく俺にべったりで、せっかくでかいベッドに寝ているのに左半分は用無しかってくらい俺に絡みついて寝ていたから、これでもかというくらいムラムラしたし、セックスもしたいと思わなかったわけじゃない。
それでも最後までしないでいたのは、ただ本当に純粋に、理人さんの身体が心配だったから。
それに今夜は昼間のことが気になって、俺の狭い脳内はもうすでにいっぱいいっぱいだ。
「そりゃ好きだししたいですけど、今日はそういう気分じゃないっていうか……っう」
「どこが?」
理人さんの長い指が、つい……と俺の股間を撫でた。
1ミリも起ち上がっていないはずだったそこは、いつの間にか硬度を増し、パジャマの薄い布をしっかりと押し上げ始めていた。
こんちくしょう、男ってやつは!
頭の中ではぐるぐるとあることないことを考えあぐねているくせに、身体の方はしっかりと反応してしまっていた。
だいたいにして、ベッドの上という場所が悪い。
それに、体勢も悪い。
飽きもせず俺の身体にぴったりと重なっている理人さんからは、シャンプーとボディソープの混じったいい匂いがプンプンしてくる。
すぐそばにある風呂上がりの体温。
首筋をくすぐる湿った髪。
歯磨き粉のにおい。
こんな圧倒的不利な状況な上に、激レア中の激レアキャラである〝こういうこと〟に積極的な理人さんが目の前にいるのだ。
これもう反応しない方がおかしいってもんじゃないだろうか。
そんな男らしくない言い訳をつらつらと考えていた俺は、理人さんの唇がへの字を描いていることに気がつかなかった。
「んっ……あ、ちょっと!」
理人さんが、いきなり俺のズボンを下着ごとずり下げる。
ぬくぬくと暖かい空間に包まれていたそれが、突然冷えた空気にさらされひくりと震えた。
「だめです、理人さん。今夜はやめましょう!」
「なんで?こんなにヤル気なのに」
「うっ……!」
指先で先端を抉られ、喉の奥が閉まる。
「あ、またおっきくなった」
まったく男ってやつは、こんちくしょう!
「だ、だから、俺のちん……俺、が!どうこうしてるのは今は関係なくて!」
そうだ、これは俺の問題じゃない。
だって俺は理人さんの寝顔を見るだけでフル勃起できるくらい、理人さんに対する耐性が弱い。
いや、むしろ無に等しい。
今となっては、出会った頃の理人さんみたいに『これはただの生理現象なんです!』と言い張ってしまいたいくらいのレベルで、条件反射してしまうのだから。
「だめ、理人さんに無理せたくない」
「無理じゃないって」
「もっと自分を大事にしてください。病み上がりなんですから!」
理人さんは俺の言葉に一瞬きょとんとしてから、眉尻を下げて苦笑した。
「佐藤くん、心配しすぎ。もう完治してるって言ってるのに」
完治――本当に?
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