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終-3:午前10時の旅立ち (10)
「理人さん」
「……」
「理人さん!」
「……ん?」
細い肩がピクリと強張り、理人さんがゆっくりと顔を上げた。
ただぼんやりと目の前にある空間を捕らえていた視線が、ようやく俺の上に固定される。
まぶたが重そうに瞬きを繰り返し、やがて止まった。
「大丈夫ですか?」
「なにが?」
「疲れた?」
「なんで?」
「全然食べてない」
理人さんは、僅かに目を見開いた。
左手に握られた長いフォークの先には、ぐるぐる巻きになったままのカルボナーラ。
口に運ばれるのを今か今かと待つそれは、乾いて白くテカッていた。
「眠い?」
「うん……あ、いや……」
「いいですよ、残しても。ラップしといて明日食べればいいし」
「いや、いい。食べる」
「でも今日は久しぶりにいっぱい歩いたし、疲れてるなら寝た方が……」
「ちゃんと食べるって言ってるだろ!」
ガチャンと乱雑な音を立て、フォークが跳ねた。
理人さんの喉が、ヒュウっと唸る。
カルボナーラを纏ったまま、銀色のフォークが絨毯の上に落ちていった。
「あ……ご、ごめ……」
「大丈夫、俺が拾います」
「でもっ……」
「いいから。理人さんは座ってて」
椅子から立ち上がる俺の軌跡を、理人さんの視線が影のようにひたひたと追いかけてくる。
屈めていた身体を起こすと、潤んだ瞳の中に俺の姿が映し出された。
「新しいフォーク、持ってきますね」
「……なんで」
「え?」
「気が変わった」
今にも泣き出しそうに歪んだアーモンド・アイが、嗤った。
「しよ……?」
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