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終-3:午前10時の旅立ち (12)

力をなくした細い身体を、そっとベッドに横たえる。 乱れた前髪を掻き上げると、汗が乾いたあとの額がひどく冷たかった。 「ん……っ」 頰が僅かに歪み、理人さんの眉間に極浅い皺が生まれる。 朝這い出たままの形で放っておかれていた薄手の羽根布団をたくし上げると、緊張していた身体がまたほろりと緩んだ。 セックスは〝儀式〟だ――理人さんが眠るための。 泣きそうな笑みを浮かべて俺を誘惑し、蕾が解れきる前に自らの意志で後ろをいたぶる。 痛みに喘ぎながら淫らに欲情する本能のままに腰を打ち付け、白い首を仰け反らせながら吐精する。 次の一瞬――ほんの一瞬を幸せそうな微笑みで満たし、そして、泥のように眠るのだ。 「理人さん……」 閉じたまぶたは、ぴくりとも動かない。 隠れたアーモンド・アイは、光のない空間でも分かるくらい濃い色に縁取られている。 毎晩こうして眠っているはずなのに、理人さんのクマはどんどんひどくなるばかりだ。 俺はいったい、どうしたらいいんだろう……? 理人さんは、苦しんでいる。 苦しんでいるのに、俺の手を取ってくれない。 差し伸べようとする手はいつも跳ね除けられ、求められるのは偽りの快楽ばかり。 なんとかしたい。 理人さんを苦しみから救い出したい。 でも、わからない。 俺は、 「俺は、どうすれば――…?」 ダイニングテーブルの上では、冷めたカルボナーラがひっそりと佇んでいた。

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