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終-3:午前10時の旅立ち (23)
理人さんは、毎週日曜日に志生野先生のもとへと通うようになった。
俺もバイトのない週は一緒に行ったけれど、わざとシフトを断るようなことはしなかった。
そういう俺の気遣いも、今の理人さんにとっては負担にしかならないと分かったからだ。
できる限りこれまでと同じ生活を続けながら、いつでも理人さんの手が届く距離にいる。
それが、今の俺にできることで、すべきことだ。
志生野先生は優しかったけれど、同時に厳しくもあった。
先生が採用した『エクスポージャー療法』は、海外では特にPTSDに対する効果が認められ、よく用いらていれるカウンセリング方法らしい。
トラウマの原因となっている記憶をわざと呼び起こし、自分の言葉でひとつひとつの出来事を辿っていく。
そうすることで、理人さんの事件に対する認識を『すでに過去の出来事でもはや恐れる必要はない』と変化させていくことが目的だった。
でもそれは同時に、記憶の中の恐怖と絶望に繰り返し対峙していかなければならないという意味でもある。
自分が殺されかけた瞬間を、理人さんは、何度も何度も思い出さなければならないのだ。
ふと意識が浮上し、シーツの向こう半分が冷えていることに気づいた。
突然の光に目を焼かれながら、スマホの画面をなんとか読み取る。
時刻は、夜中の3時を回る寸前。
眠りの浅い理人さんでも、起き出すにはまだかなり早い。
軋む身体を起こすと、布団の中で心地良かった温もりが急激に冷やされ、背中が勝手に震えた。
スリッパを見つけられず、暗闇の中を裸足で歩く。
硬い足の裏を、絨毯の柔らかい毛先が優しく包み込んだ。
理人さんは、『もういない人たちの部屋』にいた。
黒い空間に浮かび上がるのは、祭壇に灯された蝋燭の心許ない明かりだけ。
その光すら届かないところで、理人さんは膝を抱えて座っていた。
「理人さん……?」
「あ……っ」
「なんでそんなとこにいるんですか。こっちにおいで」
両腕を広げると、弾かれたように起き上がった身体が勢い良く飛び込んできた。
包み込んだ背中が、ひどく冷たい。
「もう、風邪引きますよ」
「……っ」
「理人さん?」
「こわ……怖いっ」
「そっか、うん、怖いですよね。だから、俺がそばにいます」
「佐藤くん……っ」
「ずっと、いますから」
俺は、なにもできない。
ただ傍にいることしか。
涙を拭ってあげることしか。
それでも、
――そばに君がいることが、理人君にとっての最大の救いなんだ。
志生野先生の言葉を信じ、
「大丈夫……大丈夫です」
俺は今夜も、理人さんを抱きしめる。
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