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終-3:午前10時の旅立ち (26)

一枚の毛布とひとり分のイヤフォンをふたりで分け合い、鼓膜を震わせる木の温もりを感じる。 披露宴やレストランでの仕事で集まった人たちのために弾くのとは違い、これはたったひとりのために奏でるピアノだ。 理人さんのためだけに。 「あ、この曲知ってる!」 ふと、右半身に寄りかかっていた重みが離れた。 「高校の時、寮の掃除の時間に流れてた」 「そうなんですか?」 「うん!」 「リチャード・クレイダーマンの『恋はピンポン』って曲です」 「恋はピンポン……?」 「原題はフランス語で『Ping Pong Sous Les Arbres』直訳すると、まあ……『木の下でピンポン』って感じになるんですけどね」 「そうだったのか。てっきり『掃除頑張れ!』とか『サボるな青少年!』とか、そういうタイトルかと……」 「プッ、なんですかそれ」 理人さんははにかんだように苦笑して、また俺に体を預けた。 軽快なリズムに合わせて、ふんふんとくぐもった鼻歌が聞こえる。 とても気持ちよさそうだ。 その動きは徐々に緩慢になり、やがてゆらゆらと船を漕ぐ動きに変わる。 覗き込むと、まぶたが完全に閉ざされ、長いまつ毛がうっすらと影を落としていた。 「理人さん、眠い?」 「ん……大丈夫……」 「いいですよ、眠って」 「ん、んー……」 ふるふると左右に揺れる頭を無理やり肩に乗せると、ほんの少し抗ってからずっしりと重くなった。 電子ピアノの音量を絞り、曲調をゆったりとしたバラードに変える。 リチャード・クレイダーマンの数ある曲の中でも俺が一番好きな『渚のアデリーヌ』 太陽の光を反射して煌めく海面を表現したような、キラキラしたメロディが耳に心地いい。 穏やかな寝息を感じながら、俺は指を動かした。 理人さんが訪れる夢の世界が、輝きで満ち溢れていますように。 そう、願いながら――

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